日本大百科全書(ニッポニカ) 「メナンドロス」の意味・わかりやすい解説
メナンドロス
めなんどろす
Menandros
(前342/341―前291/290)
古代ギリシア新喜劇の代表的作家。アテネ上流階級の出身で、中期喜劇の作家アレクシスの甥(おい)。哲学者テオフラストスに師事し、またエピクロスとは友人の仲であったといわれる。紀元前321年『怒り』をもって競演の場にデビューして以来、生涯に100編以上書いたが、現存するのは『気むずかし屋』『調停裁判』『髪を切られる女』『サモスの女』の4編で、あとは大断片『先祖の霊』を筆頭にすべて断片である。前記の4編にも欠損部分が多い。
前4世紀は、前5世紀と違い政治よりも哲学・修辞学の時代、また個人の国家からの遊離の時代であった。こうした時代背景をもつメナンドロスの作品は、古喜劇のもっていた強烈な政治性と個人風刺には欠けるが、その反面、日常市民生活の種々の様相を、警句、皮肉、また思いやり、そして一種の諦念(ていねん)すら含んだ筆致で活写し、そこに潜む人生の哀歓を生き生きと描出している。筋立ては、恋の駆け引き、私生児と捨て子の問題、親子兄弟の対面などがおもなもので、そこに狡猾(こうかつ)だが忠実な召使い、利発な遊女、頑固親父(がんこおやじ)、放蕩(ほうとう)息子、尊大な軍人、若妻、恋に悩む若者、純情な乙女などの諸人物が登場し活躍する。その筆の冴(さ)えは、すでに古代において「メナンドロスと人生よ、汝(なんじ)らのうちのどちらがどちらを模写したのか」(ビザンティオンのアリストファネス)との賛辞を博しているほどであるが、しかしその作品は、単に当時の世相の模写にとどまるものではない。それは、随所にみられる詩人の透徹した人生観、人間観によって、単なる風俗喜劇を超えたところに到達しているといいえよう。この点で彼は、ジャンルは異なるとはいえ、悲劇詩人エウリピデスの後継者ともみなされるのである。
[丹下和彦]
『呉茂一訳『気むずかしや他三編』(『ギリシア喜劇全集2』所収・1961・人文書院)』▽『田中美知太郎編『ギリシァ劇集』(1963・新潮社)』