ロシアの小説家。モスクワの商人の家に生まれ,宗教的雰囲気のなかで育った。モスクワ大学時代,学生騒動に関係して流刑になり,ペンザ,ボログダなどで6年を過ごした。象徴派の影響のもとに作家生活に入り,童話集《お日さまを追って》(1907)や,《池》(1908),《十字架姉妹》(1910),《第五の悪》(1912)など自伝的要素と怪奇,幻想,夢の要素の入り混じった一連の長編小説を発表した。象徴派の手法,民間伝承,民俗的様式の新造語などを編み合わせた独特の装飾的文体を完成し,〈新写実主義〉の代表者となり,ザミャーチン,ピリニャーク,レオーノフなど初期のソビエト作家にも大きな影響を与えた。ピョートル大帝の改革以前の古いロシアを理想として1917年の革命を批判し,《ルーシの地滅亡の物語》(1918)や《炎のロシア》(1927)を書いた。1921年に亡命し,ベルリンを経てパリに定住,その後も《書誌で綴るロシア》《緑なす草原で》(ともに1922),《渦巻くロシア》《オーリャ》(ともに1927),《ばら色のきらめきの中で》(1952)など数多くの作品を発表した。
執筆者:安藤 厚
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
ロシアの小説家。モスクワの商人の家に生まれ、モスクワ大学で自然科学を学んだ。急進的グループに加わり、逮捕、流刑を経て釈放され、作家活動に入る。写実的要素と幻想的要素の融合を目ざした新写実派を代表する作家である。作品に『十字架の姉妹』(1910)、『第五の悪』(1912)、『ルーシの地の滅亡の物語』(1918)があるが、パリ亡命(1921)後もなお『うずまくロシア』(1929)、『バラ色の輝きの中で』(1952)などの作品を書き続けた。ゴーゴリ、ドストエフスキーの影響を受けながら、根幹に民間伝承のモチーフや文体を置き、象徴詩の技巧を取り入れた特異な作風で、ザミャーチンらに影響を与えた。
[灰谷慶三]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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