ロシア連邦の中核をなす民族。人口は旧ソ連領内に約1億4515万5000人(1989)で、その99.9%がロシア語を母語とする。本来の居住地はウラル山脈以西のヨーロッパ・ロシアであるが、16世紀以降のシベリア入植によって現在はシベリアの人口の90%以上を占めるに至っている。ロシア以外ではソ連崩壊後に独立したCIS(独立国家共同体)諸国、ヨーロッパ各地、アメリカ合衆国、カナダ、中国(俄羅斯族(おろすぞく))などにも常住している。ロシア語はインド・ヨーロッパ語族スラブ語群東スラブ語に属し、ウクライナ(小ロシア)語、白ロシア(ベロルシア)語と同じグループを形成する。形質的には他のスラブ諸族と同様に東ヨーロッパ人種に属し、中位の身長で、髪や目の色は明るいが、周辺の人々との混血も進んでいる。
ロシア人はウクライナ人、白ロシア人らとともに13世紀ごろまで古ロシア人を構成しており、8世紀ごろよりノルマン人の進出によってノブゴロド、キエフ(現、キーウ)を中心に国家を建設した。このころロシアの古形であるルーシРусь/Rus’という名称が生まれたが、その語源に定説はない。現在のロシア人は14、15世紀のモンゴル、タタールへの抵抗とモスクワを中心とした統一国家建設のなかで形成された。モスクワ大公国の独立以降領土は拡大の一途をたどり、19世紀には南は黒海、カスピ海沿岸から、北は北極海まで、西はポーランドから東は極東、アラスカにまで及んだ。その間ロシア人はコサックを先頭に各地に入植し、その地の先住民に対して、生業形態、物質文化、精神文化などに大きな影響を残した。ロシア人は古来家父長的大家族制(ミールмир/mir)を基礎にして村落をつくり、農耕を営んできたが、モスクワ大公国がロシア帝国として発展するとともに、多くの農民が農奴化された。それは国家の上層部が農民を掌握するための施策であったが、他方で国の膨張とは裏腹に社会の発展を阻害する結果になった。19世紀末に産業革命が起きたものの、それまでの社会的ひずみがあまりにも大きく、第一次世界大戦中に起きた革命は社会主義革命に発展し、1917年に世界で初めての社会主義国家が樹立された。
ロシア人はことばと若干の文化要素の違いで北部と南部に大きく分けられ、それぞれ住居、服装などに特徴がある。さらにモスクワ周辺からオカ川、ボルガ川中流域が中部として両者の中間形態をなしている。住居は、北部では背の高い切妻型の屋根をした木造家屋が主流であるのに対し、南部では背が低く、ピラミッド型の屋根の家屋が多い。壁に粘土を塗ったり、れんが造にすることもある。農家の敷地には、家屋と付属の菜園があり、さらに穀物乾燥場と浴場(サウナ式の蒸し風呂(ぶろ))が建てられるのが一般的である。集落は南部に行くほど大きくなる傾向がある。服装は、北部、中部では農家の女性の着けるサラファンが、南部ではポニョーバという毛織物のスカートが特徴的である。未婚の女性は髪にリボンを着けるが、既婚者は頭巾(ずきん)(キーチカなど)で髪を隠す。男性の伝統衣装はルバシカとよばれる上衣が中心であった。食事はライムギの黒パンなどが主食で、特徴的な料理にサリャンカ、ボルシチ、ピロシキなどがある。
宗教は、10世紀にキエフ大公国のウラジーミル大公が改宗して以来、ギリシア正教(ロシア正教、東方正教会)が普及している。現在、大部分が17世紀にモスクワ総主教ニコンによって改革された信仰に従っているが、それに反発したものは分離派(ラスコーリニキ)とよばれ、シベリア、中央アジアなど周辺地域で旧来の信仰を守っている。ロシア人はキリスト教普及以前には雷神ペルーンを中心にした多神教的な宗教をもっていたが、その一部はキリスト教のなかに取り入れられ、融合した。民間伝承では家霊(ドモボイ)、水霊(ボジャノイ、ルサールカ)、森霊(レーシー)、魔女、吸血鬼などが盛んに登場し、民衆の素朴な信仰を端的に表している。
ロシアの民間芸術も概して素朴なものであるが、それだけに人の心を打つものが多い。木工芸や銀細工、ミニアチュールなどの工芸品や民謡、ブイリーナ(古い英雄伝説を独特の節をつけて歌ったもの)、チャストゥーシュカ(風刺をきかせた歌)などは、近現代のロシアの文学、美術、音楽、演劇などに大きな影響を与えている。
[佐々木史郎]
『森安達也編『民族の世界史 10 スラヴ民族と東欧ロシア』(1986・山川出版社)』▽『大木伸一編訳『ロシアの民俗学』(1985・岩崎美術社)』▽『ヘドリック・スミス著、高田正純訳『ロシア人』上下(1985・時事通信社)』▽『ヘドリック・スミス著、飯田健一監訳『新・ロシア人』上下(1991・日本放送出版協会)』▽『中村喜和著『遠景のロシア――歴史と民俗の旅』(1996・彩流社)』▽『五十嵐徳子著『現代ロシア人の意識構造』(1999・大阪大学出版会)』
広義にはかつてのロシア帝国の住民,あるいは東スラブ人,すなわち狭義のロシア人(別名大ロシア人),ウクライナ人(別名小ロシア人),ベラルーシ(白ロシア)人の総称として用いられることもあるが,一般には狭義に解してロシア語を母語とする民族を指す(大ロシア人あるいは小ロシア人という呼称は現在では用いられない)。ロシア人は旧ソ連邦における最大の民族で,1989年には旧ソ連邦の全人口2億8574万2500のうち50.8%にあたる1億4515万5500を数えた。ただしこの割合が1959年の54.6%,79年の52.4%に比べてかなりの低下を示しているのは,中央アジアの諸民族の人口増加率がロシア人のそれをはるかに上回っているためである。ロシア人の82.6%は,旧ソ連邦を構成した15の共和国中面積,人口ともに断然首位に立つ旧ロシア共和国(現ロシア,ないしロシア連邦)に住み,残りの17%余りは旧ソ連邦内の他の共和国に分散していた。これ以外に,アメリカ合衆国に約80万,西ヨーロッパ諸国に約20万が居住している。これらは帝政期の移民,ロシア革命直後と第2次世界大戦後からの亡命によるものである。
最古の年代記によって知られる9~10世紀の東スラブ諸族の居住地は,北はノブゴロドを中心とするボルホフ・ロバチ川水系の流域,南はキエフを中心とするドニエプル川の上流と中流,それにボルガ川の上流を加えた地域であるが,11~13世紀のキエフ・ロシアの時代には,フィン系の民族が先住していたウラジーミル,スーズダリやさらにその奥地の森林への移住がすすんだ。10世紀末に東スラブの支配者層が受け入れた東方正教会は徐々に民衆の間に浸透し,その後の精神文化の発展に大きな影響を及ぼした。13世紀中葉にモンゴル族の侵入を受け,北東部は15世紀末までキプチャク・ハーン国の支配(タタールのくびき)をこうむり,一方,南西部は14世紀に勃興したリトアニアとポーランドの版図に組みこまれて,その支配は17世紀まで続いた。この期間に東スラブ人の言語的統一が崩れ,モスクワを中心とする北東部にロシア民族が,また西のドニエプル中流にウクライナ民族が,その北寄りの上流にベラルーシ(白ロシア)民族が形成された。
15世紀から16世紀にかけて,モスクワ大公国によるロシア民族の独立と政治的統一が完了して,中央集権国家モスクワ・ロシアが成立するが,その後の領土の拡大はめざましかった。16世紀半ばにはカスピ海までのボルガ川の下流がロシア人の勢力圏に入り,この世紀の末にはウラル山脈を越えてシベリアへの進出が始まり,17世紀末までの100年間に全シベリアがロシア領となった。18~19世紀の帝政期にはバルト海沿岸,ウクライナのすべてとベラルーシ(白ロシア)のみならず,ポーランドやフィンランドの一部をも手中に収めたうえ,黒海北岸,ザカフカス,中央アジア,極東沿海地方まで帝国領とした。世界史上にも例の少ない,このような領土の著しい増大にともない,ロシア人の居住地域が急速に広がり,同時に自国内にさまざまな異民族をかかえこむことになった。とりわけ18世紀以降近代化を積極的に推進するため,西ヨーロッパから専門家を大量に招いたこととあいまって,アジアとヨーロッパの多くの民族との文化的・経済的交流や混血が活発に行われた。
ロシア人が中心となり,多種多様な諸民族を包含して一大国家を形成しているという事態は,1917年の十月革命後の現在も,基本的には変わっていない。ロシア人は芸術的な天分に恵まれ,古くは昔話や民謡などを含むすぐれた口承文芸を生み出したが,近代以後はプーシキンに始まる多数の文学者を輩出させ,音楽の分野でもグリンカ以来ムソルグスキー,チャイコフスキーなど民族色の濃い作曲家を送り出した。このほかの芸術や学術の領域での世界文化への貢献も著しいものがある。
→ロシア
執筆者:中村 喜和
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…1917年の革命以前の国名であるロシア帝国の領域には旧ソ連のほとんどすべての領土のほかに,ポーランドとフィンランドが含まれていた。旧ロシア帝国もソ連もきわめて多くの民族から成り立っているという点で共通しているが,一貫して最も中心的な立場にあるのがロシア人である。
[名称の由来]
ロシアという言葉が文献に表れるのは15世紀末,それが国家の名称として公式に用いられるのは18世紀初めからであって,それ以前はルーシRus’という古形が使われた。…
※「ロシア人」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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