ワカメ(読み)わかめ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ワカメ」の意味・わかりやすい解説

ワカメ
わかめ / 若布
和布
[学] Undaria pinnatifida Suringar

褐藻植物コンブ目の海藻。古くから食用とされてきた海藻で、『万葉集』で稚海藻(わかめ)、和海藻(にきめ)などとして詠まれている。藻体は暗褐色を呈し、外観的には茎・葉・根の三分化がある。茎は無分岐で、上部は柔らかい膜質の葉部となるが、その中央には茎の続きである中肋(ちゅうろく)が先端まで伸び、葉縁は側出葉を数多く出す。体長50センチメートルから1.5メートルになる大形海藻で、ときに2メートルを超えるものもある。葉部の下方の茎にはひだの多い厚肉質の胞子葉(俗に「めかぶ」あるいは「みみ」とよぶ)がつくられる。外海の浅所に生じ、冬春に繁茂し、初夏から盛夏に枯死する温海性の一年生藻。かつては日本周縁と朝鮮半島南半部両岸にのみ天然分布する日本近海特産の属種であったが、最近では養殖技術の進歩によって、中国やフランスなどでも養殖されている。東北地方以北の寒海域産はとくにナンブワカメ型とよばれ、体型は日本中南部の温海域産の普通型よりも狭長となる。茎部は長く、胞子葉は葉片の下方に離れてつくられ、繁茂期も7~8月となる。また、ナンブワカメ型では質がやや硬めとなる。

 一見、ワカメに似る海藻にチガイソ(別名サルメン、サルメンワカメ)Alaria crassifoliaがある。この種は茎が長く伸びて体先端まで続き、葉部で中肋となる点はワカメと同様であるが、側出片がなく、胞子葉は多数片に分かれることで区別される。チガイソも食用とされるが、ワカメほどの普遍性はない。なお「子持ちわかめ」とよばれる特異な食品があるが、これはアラスカなどの沿岸産チガイソの葉片上にニシンが卵を産み付けたものである。かつては北海道北東部や千島列島沿岸でも同じようなものが産していたが、ニシンの減少とともにみられなくなったという。

[新崎盛敏]

ワカメの生活環

われわれが一般にワカメとよんでいるものは胞子体であり、胞子葉に胞子嚢(のう)がつくられると、やがて遊走子(無性生殖を行う胞子の一種で、鞭毛(べんもう)をもって水中を運動する)が放出される。遊走子を放出したあとの母体は枯死・流出してしまうが、泳ぎ出た遊走子は海底の石や岩に着生・発芽して、微小な糸状の配偶体となる。配偶体には雌性配偶体と雄性配偶体の別があり、それぞれ卵か精子をつくり、受精は精子が卵のところへ泳いでいって行われる。受精卵は発芽・成長してワカメ(胞子体)となる。このように、ワカメでは(コンブも同様であるが)、複相(胞子体)→単相(雌性配偶体や雄性配偶体)→複相(受精卵からの発芽)という世代交代が行われる。また、ワカメにおける配偶体は1ミリメートル内外の糸状分枝体であり、ワカメとは形状や大きさが著しく異なるため、こうした世代交代を異形世代交代とよんでいる。

[新崎盛敏]

ワカメの養殖

日本でワカメの養殖が本格的に研究されるようになったのは1955年(昭和30)ころからである。養殖技術の開発は、ワカメの配偶体が微小であるため、その大量を陸上の大型タンク内で人工培養すれば、農業での種播(ま)きに似たようなことができるのではないかという発想から出発したものであった。当時の日本では、コンコセリス(アマノリ属やウシケノリ属の果胞子が二枚貝の貝殻内につくる微小な糸状分枝体)の大量培養によるノリ養殖の人工採苗法が成果をあげていたため、これらの諸知識はワカメの養殖にも応用することが可能であった。これを背景に、配偶体の培養条件、体糸生育や卵・精子の生成、受精卵の発芽・成長といった研究テーマは、思いのほか進展が速やかであった。

 ワカメの遊走子が盛んに放出される時期は4~6月ころであり、温度、光、水の流動、肥料などの培養条件が好適であれば、3週間くらいで世代交代を完了させ、夏のころにも幼芽体を出現させることができる。しかし、そのころの海の上層は高水温であるうえ、強日射であるため、幼芽体を海に移すと死滅しやすい条件となっている。このような海の環境条件を変えることは不可能であるため、人工採苗を効果あらしめるには、海水温が20℃内外に低下し、日射も弱くなる10月中旬から下旬ころまで、陸上の採苗池内の温度や光量を調節して、配偶体や幼芽体の成熟・成長を抑制あるいは促進しながら培養を続ける必要がある。海中での実際の養殖には多様な型式がとられているが、基本的には、ブイをつけた太い軸縄に細縄(垂下縄(すいかじょう))を延縄(はえなわ)式・暖簾(のれん)式に垂れ下げ、これに幼芽体を生育させるような方式がとられている。垂下縄を上下させれば、幼芽体の成長促進・抑制が可能となるわけである。

 こうした養殖技術の開発によって、海底岩上に固着の天然ワカメよりも生産期を早めたり遅くしたりすることができるほか、天然ワカメの分布のないところでも、配偶体・幼芽体を適当な時期に移植すれば、ワカメ生産が可能となる。日本各地において実際にワカメの養殖が行われるようになったのは1960年ころからであり、60年代なかばには、養殖ワカメの生産量と天然ワカメの生産量はほぼ等しくなっている。農林水産統計によれば、1985年の天然ワカメ類の漁獲量は7193トン、2005年(平成17)には3613トンであり、海面養殖業による養殖ワカメの収穫量は1985年に11万2376トン、2005年には6万3083トンとなっている。

[新崎盛敏]

食品

諸国からの貢納品を定めた大宝律令(たいほうりつりょう)(701)中にすでに名が出ており、『延喜式(えんぎしき)』(927)には今日の三重、愛知、島根長崎、福島県などから大量に送られてきたことが記されている。このようにきわめて古くから連綿と日本人に親しまれてきた食品であるから、その間に用法にもかなりの変遷があったはずだが、ことに近年は製品が多様化し著しい変革が起こった。その起因は、1960年(昭和35)ごろから本格化した人工養殖と冷蔵法・加工法の進歩とにある。養殖法確立以前には天然産だけで、産地や生産期は限られ、品質も堅いものなどがあった。養殖物ができると、新産地が増え、生産期も前後に延びて生産量が4~5倍になったうえに、柔らかいワカメが得られるようになった。一方の加工法でも、天然物時代には乾物がほとんどであった。採取したワカメをそのまま砂の上で干した乱干しワカメ、水洗いし、茎を取り除き、糸状にして干した糸ワカメ、一枚一枚ていねいに押し広げて干した板ワカメ、板ワカメを揉(も)み砕いた揉みワカメ、これに味をつけた味付けワカメ、採取後、木灰をまぶしてから干した灰干しワカメ、木灰汁に浸(つ)けたあとに水洗いして脱灰し、掛け干しした鳴門(なると)式ワカメなどであった。木灰処理をすると体色保持力が強まる事実にヒントを得た体色保持の処理法の開発と、冷蔵や冷凍技術の進歩があって、養殖ワカメの生産後は生体に近い生(なま)ワカメも市販されるようになった。さらに化成フィルムで包んだ保存性食品の出現で多種多様のワカメ加工品が出回っている。また、ワカメの根の近くにできる芽かぶ(胞子葉)の利用も普及している。

 ワカメの栄養価値については古くから、ヨードとカリウムを多量に含み、動脈硬化、高血圧の予防や頭髪を黒く保つのに効果がある保健食品といわれてきた。最近の栄養学的観点からも、鉄やカルシウム、ビタミンA・B・Cの含有が多く、また血栓形成を防ぐ有効物質とされるEPA(エイコサペンタエン酸)も多く含まれ、含有タンパク質の消化率も良好などと、その食品的価値はいっそう高く見直されるようになっている。

 食品として選ぶには暗緑色のものがよく、色の美しすぎるものには人工着色品もあるので注意を要する。乾燥品は、そのまま食べるものは別として、水にもどしてから調理する。汁の実がもっとも一般的であるが、ヨードは油やアルコールに溶けるが水には溶けないので、ドレッシングを用いるサラダ料理や油炒(いた)めした野菜との炊(た)き合わせなどもよい。サラダ料理にはキュウリやカイワレナ、ウド、鶏肉、イカ、貝類などさっぱりしたものとの組合せがよい。炊き合わせにはダイズやタケノコ、ニンジンなどがよくあう。そのほか酢の物、和(あ)え物など調理方法は多様である。近年は栄養面から非生産国での利用も増し、フランスでは種苗を日本から入れて養殖に力を入れている。西欧でのワカメ食の普及に伴い洋風料理も多くくふうされてきている。

[新崎盛敏]


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ワカメ」の意味・わかりやすい解説

ワカメ(若布)
ワカメ
Undaria pinnatifida

褐藻類コンブ目コンブ科の海藻。潮間帯の最下部から漸深帯にかけての岩上に着生する。藻体は左右に羽状の裂片をもち,下部はやや平らにつぶれた茎となり,繊維状の仮根が発達している。成熟した藻体には耳と称して,葉状部と茎部との間に厚い布を幾重にも折りたたんだような部分が生じ,この中に遊走子嚢ができる。遊走子は海底の基物上で発芽し糸状の有性世代となり,雌雄それぞれの株に生卵器および造精器がつくられる。受精器が発芽し岩盤に着床すれば新個体として発育する。北海道 (室蘭以西,礼文島以南) ,本州沿岸,瀬戸内海,九州西・北岸および朝鮮半島に分布している。古くから食用とされているが,北九州市門司区にある和布刈 (めかり) 神社の神事 (和布刈神事 ) は『延喜式』の時代から伝承されたものといわれ,日本人が古くからワカメに深い関心をもっていたことがわかる。なお,北方の海域ではナンブワカメ U. pinnatifida form. distansという品種があり,これは耳が葉状体と離れて茎の中ほどにできる点が本種とは異なるとされている。

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