日本大百科全書(ニッポニカ) 「アイスランド文学」の意味・わかりやすい解説
アイスランド文学
あいすらんどぶんがく
アイスランドの文学。氷雪と火山の国、北大西洋の孤島アイスランドの歴史は9世紀のバイキングの植民活動に始まる。10世紀にヨーロッパ最初の議会をもった誇り高いこの国に中世ヨーロッパに類のない豊かな文学の華―神話と伝説の宝庫『エッダ』と華麗なスカルド詩―が開いた。その伝統はやがて厖大(ぼうだい)なオリジナルのサガを生み、大陸ヨーロッパの宮廷文学を移植し、現代に至るまで自然と歴史と時代を鋭くみつめた清新な文学作品を生み出している。
[谷口幸男 2017年8月21日]
中世以降
しかし、中世に多彩な文学の花を開いたアイスランドも、13世紀後半、ノルウェーに国の独立を奪われてからは、しだいに創造的精神に沈滞をきたし、中世末期には、ヨーロッパ大陸の騎士小説の翻訳や、たあいもないメルヘン的サガの流行をみるようになる。宗教改革の時代を経て、アイスランドに文芸復興ともいうべき時期が訪れるのは16世紀で、デンマークのオーレ・ボルムOle Worm(1588―1654)がルーン文字(2世紀から北欧を中心に広く使用されたゲルマン人の古文字)研究の先鞭(せんべん)をつけ、アイスランド人アルングリーム・ヨウンソンとともに、13世紀にスノッリ・スツルソンが書いた『エッダ』のボルム本をつくる。この影響のもとに18世紀初頭、歴史家ソルモウズル・トルファソンÞormóður Torfason(1636―1719)と、写本の一大コレクションで名高いアウルニ・マグヌスソンÁrni Magnússon(1663―1730)が出る。17世紀にはアイスランドが生んだ偉大な宗教詩人ハトルグリームル・ピェトルソンの名を逸することはできない。
[谷口幸男 2017年8月21日]
18世紀以降
18世紀中ごろから19世紀初頭にかけての啓蒙(けいもう)主義時代には、ミルトン、ポープをはじめとするイギリス、ドイツ、デンマークの作家の翻訳が盛んになる一方、ユートピア小説やモリエール、ホルベア流の喜劇も登場する。ロマンチック運動はビャルニ・トーラレンセンBjarni Thorarensen(1781―1841)とヨウナス・ハトグリームスソンJónas Hallgrímsson(1807―1845)をもって始まるが、この運動を広げて半世紀の間名声をほしいままにしたのはマティアス・ヨックムソンである。この時期には、エッダの詩形で『オデュッセイア』を翻訳し北欧古詩辞典を残したスベインビョルン・エイイルスソンSveinbjörn Egilsson(1791―1852)、民話の収集家ヨウン・アウルトナソン、スコットばりの小説を書いたヨウン・トーロッドセンは、忘れられぬ存在である。
デンマークの文芸批評家ブランデスの影響のもとにおこったリアリズムの旗手は、ギェストゥル・パウルソン、エイナル・クバランEinar Kvaran(1859―1938)、ステファン・ステファンソンStephan Stephansson(1853―1927)である。
[谷口幸男 2017年8月21日]
19世紀末以降
19世紀末から20世紀初頭にかけて、ナショナリズムがエイナル・ベネディクトソンを指導者としておこる。児童文学のヨウン・スウェンソンもこのころ世界的に知られる。1910年代に外国へ出て名声を博した作家に、カンバン、グンナルソンがいる。第一次世界大戦後シュルレアリスムの傾向を代表したのはソルバルドル・トーロッドセンÞorvardur Thoroddsen(1885―1921)である。グビュズムンドル・ギースラソン・ハガリーンGuðmundur Gíslason Hagalín(1898―1985)はアンチ・マルキシズムの代表者。『ハムラビークのクリストルーン』Kristrún í Hamravík(1933)で漁村の漁師たちや自己の運命に満足し、僻地(へきち)でたくましく生きる未亡人を描いた。
[谷口幸男 2017年8月21日]
第二次世界大戦以降
カトリシズムから社会主義に至る広い思想遍歴を続け20世紀にもっとも創造的な活動を続けてきたラクスネスは、1955年アイスランドの作家として初めてノーベル文学賞を受賞した。核の脅威と作家の役割をテーマにした『巣』Hreiðrið(1972)を書いたオウラブル・ヨウハン・シグルズソンÓlafur Jóhan Sigurðsson(1918―1988)。ヌーボーロマンに影響された作家グビュズベルグル・ベルグスソンGuðbergur Bergsson(1932―2023)はラジカルな時代批判を基調とする作品『アンナ』Anna(1969)を書いている。伝統的な叙事詩的物語様式の解体を試み、1960年代の大学紛争を背景にした長編『鐘の叫び』Óp bjöllunar(1970)を発表したのがトール・ビルヒャゥルムソンThor Vilhjálmsson(1925―2011)である。第二次世界大戦後は、女性作家の活躍も目だった。アクチュアルな政治社会問題をとりあげた女性作家にヤコビーナ・シグルザルドッティルJacobina Sigurðardóttir(1918―1994)とスババ・ヤコブスドッティルSvava Jakobsdóttir(1930―2004)がいる。ヤコビーナは『罠』Snaran(1968)で外国資本の工場で働く労働者のモノローグを通じて戦後アイスランド社会の批判をし、スババは『間借り人』Leigjandinn(1969)で女性問題と基地問題を鋭く取り上げた。
伝統的に詩が散文を量的に凌駕(りょうが)しているアイスランドでは、形式内容面で過去の詩的遺産をそのまま継承したり、逆にそれと対決する詩人が活躍している。目だつ詩人をあげると、いわゆるアトム詩人の一人で古い詩形は死んだと宣言し若い世代に影響を与え続けているステイン・ステイナルSteinn Steinarr(1908―1958)の『時と水』Tímin og vatnið(1948)。ドイツ留学中リルケやヘッセの影響を受け、アイスランドの文化状況を伝統的な頭韻詩に反映させようとしてセンセーションを巻き起こしたハンネス・ピェトルスソンHannes Pétursson(1931― )の『時と場所』Stund og staðir(1962)、『谷は美し』Fagr er dalur(1966)で郷土や古い文化への愛情を歌ったマティアス・ヨハネセンMatthías Johannessen(1930― )がいる。
[谷口幸男]
『山室静著『アイスランド――歴史と文学』(1963・紀伊國屋書店)』▽『谷口幸男訳『エッダ――古代北欧歌謡集』(1973・新潮社)』▽『谷口幸男著『エッダとサガ』(1976・新潮社)』▽『谷口幸男訳『アイスランドサガ』(1979・新潮社)』▽『谷口幸男編『現代北欧文学18人集』(1987・新潮社)』▽『山室静著『北欧文学の世界』(1987・東海大学出版会)』▽『山室静著『サガとエッダの世界――アイスランドの歴史と文化』(1992・社会思想社)』▽『ジェス・L・バイヨック著、柴田忠作訳『アイスランド・サガ――血讐の記号論』(1997・東海大学出版会)』