ラクスネス(読み)らくすねす(英語表記)Halldór Kiljan Laxness

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ラクスネス」の意味・わかりやすい解説

ラクスネス
らくすねす
Halldór Kiljan Laxness
(1902―1998)

アイスランド作家レイキャビークで生まれる。教育熱心な両親の下で早くから文才を現す。ギムナジウムを中退、文人たちとつきあい、17歳で処女作『自然の子』Barn náttúrunnar(1919)を書く。以後コペンハーゲンを皮切りに長い海外生活が始まるが、それは同時に思想遍歴の旅でもあった。初め叙情的な作風で出発したが、まもなくストリンドベリやウンセットの影響を受けて、哲学的深刻さを加える。ドイツでは表現主義の洗礼を受け、ルクセンブルクでは修道院に入って沈潜し、カトリック改宗。フランスではシュルレアリスムの影響を受ける。イタリアで書いた自伝風の『カシミールの偉大な織工』Vefarinn mikli frá Kasmír(1927)は、その強い教会否定と個性的文体で読者を驚かした。いったん帰国したが、ふたたびカナダとカリフォルニアに3年滞在、アプトン・シンクレアとつきあい、共産主義的傾向を強めた。

 1930年に帰国、結婚したのちは、アメリカ資本主義文明とアイスランドの後進性をつく評論モダニズム詩集を刊行した。漁村を舞台に、私生児サルカ・バルカの運命を描いた社会批判小説『サルカ・バルカ』Salka-Valka(1931~32)が各国語に訳され、一躍現代を代表する作家となった。この作を契機民衆に主題が移り、続々と短編やドラマを発表。独立と自由を求める小農の苦闘を扱った『独立の民』Sjálfstætt fólk I―Ⅱ(1934~35)で文名を世界中に高めた。『アイスランドの鐘』Íslandsklukkan(1943)を含む三部作では18世紀の苦難の時代を活写。『世界の光』Ljós heimsins(1937~40)四部作は民衆のなかの詩人を扱い、『ゲルプラ』Gerpla(1952)は、バイキング像を階級の対立という視点からとらえ直し戯画化した。『原爆基地』(1948)は第二次世界大戦後のアメリカの基地建設をめぐる社会批判小説である。そのほか評論活動や翻訳も活発に行い、現代アイスランドのもっとも重要な作家といえる。55年同国初のノーベル文学賞を受賞した。これを機にこれまで30年間アイスランドの左翼を代表した彼が政治のみならず宗教、学問、技術のあらゆる分野における一面的な党派性から独立した態度を貫くようになる。『ブレックコット年代記』Brekkukotsannáll(1957)は芸術家の回想で、前述の傾向をよく反映している。『取り戻された天国』Paradísarheimt(1960)は約束された土地へ移住したが、失望して故郷の廃墟(はいきょ)へ戻る19世紀後半のモルモン教徒の農民を描いている。『氷河のもとのキリスト教』Kristnihald undir jökli(1968)は隣人愛に燃える僧侶と宇宙的な神秘主義の対照がドキュメンタリー・タッチで描かれる。『教区年代記』Innansveitarkronika(1970)はモスフェットルの教会をめぐる人物と出来事である。

 ラクスネスの本領は叙事詩的小説にあるとみられるが、短編集を出すいっぽう、『煙突劇』Strompleikurinn(1961)など戯曲にも手をそめ、自作の長編小説をみずから戯曲化している。歴史、政治、時事問題についての随筆、評論、自伝的な数々の作品でも知られ、またその作品は映画化されている。現代アイスランドでもっとも重要な作家である。

[谷口幸男]

『山室静・林穣二・山口琢磨訳『独立の民』(1957・講談社)』『『ノーベル賞文学全集13 ラックスネス・カミュ・アンドリッチ』(1972・主婦の友社)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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