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イギリスのバレエ振付師。エクアドル生れ。1917年ペルーでA.パブロワを見て,舞踊家になる決意をし,故国ロンドンでマシーン,ド・バロアに学び,以後舞踊家,振付師として活躍した。63年よりローヤル・バレエ団のディレクター兼主席振付師となった。おもな振付作品には《シンデレラ》(1948),《ドリーム》(1954),《オンディーヌ》(1958),《リーズの結婚》(1960)などがある。1961年ローヤル・バレエ団とともに来日。70年ディレクター引退後も《田舎での歳月》(1976)などを発表してきた。独自のクラシックなスタイルを築いたイギリス最初の振付師である。
執筆者:久保 正士
イギリスの経済史学者。シェフィールド,バーミンガム,マンチェスター各大学を経て,1944年からロンドン大学教授。もともと金融論の専門家であったが,G.アンウィンの影響をうけて歴史研究に向かう。産業革命の経営史的研究を前提に,産業革命の断絶(革命)説に対する連続説,生活水準論争では楽観説をとなえ,50年代になると利子率の変動を軸にした18世紀景気変動論を展開した。
執筆者:川北 稔
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報
… しかし,資本主義世界が相対的に安定した1920年代になると,産業革命がもたらした現代社会への肯定的姿勢が強くなり,近代経済学的な発想法の影響もあって,〈楽観説〉が成立する。実質賃金統計などを作成してみると,労働者の生活水準は,産業革命期にもむしろ上昇しているとするこの立場は,J.H.クラッパムによって整えられ,T.S.アシュトンらに受け継がれて,欧米では通説の位置を占めた。産業革命前の社会も,悲観説が想定したほどのパラダイスではなかったし,〈産業革命〉と呼ばれている現象自体,数世紀にわたる連続的な変化の集合であって,短期の〈革命〉的激変などではない,というのが楽観説派の立場である。…
※「アシュトン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
世界各地で古くから行われている遊戯の一つ。日本では,小豆,米,じゅず玉などを小袋に詰め,5~7個の袋を組として,これらを連続して空中に投げ上げ,落さないように両手または片手で取りさばき,投げ玉の数や継...
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