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アスマラ Asmara

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アスマラ
Asmara

エリトリア首都。別綴 Asmera。マッサワ南西約 70km,標高約 2300mのハマセン高原東端に位置。 1880年代にヨハネス4世時代の総督の行政庁が置かれたが,1897年までは小村落にすぎなかった。 1900年イタリア領エリトリアの首都となり町を建設,イタリアのエチオピア侵攻の拠点となった。 1941年,連合国軍が奪還,1952年までイギリスの支配下にあった。ヨーロッパ風の美しい町で,近代的な道路と鉄道が急斜面を下ってマッサワに通じる。織物,マッチ,金属・ガラス製品などの手工業が行なわれる。カトリックやコプト派の聖堂,モスクなどがあり,近郊に国際空港がある。人口 64万9000(2009推計)。

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デジタル大辞泉の解説

アスマラ(Asmara)

エリトリアの首都。エチオピア高原北端、標高2350メートルに位置する。19世紀末にイタリアのアフリカ進出の拠点となった。聖マリアコプト教会、カトリックのアスマラ大聖堂、初代イタリア総督の宮殿など、植民地時代に築かれたイタリア風の建造物が多数残っている。2017年、世界遺産(文化遺産)に登録された。

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百科事典マイペディアの解説

アスマラ

エリトリアの首都。標高2330mの高地にあり,65km離れた紅海沿岸の港マッサワと鉄道で結ばれる。住民はおもにティグレ人。19世紀にはエジプトの統治下にあったが,1889年イタリアに占領され,第2次大戦後は英信託統治領となり,1952年にエチオピア領。
→関連項目エリトリア

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世界大百科事典 第2版の解説

アスマラ【Asmara】

エリトリアの首都。人口40万(1992)。エチオピア高原北端に位置し,2400mという標高のために,快適な気候をもつ。イタリアの植民地時代に建設され,紫色のジャカランダなどの花におおわれた,ヨーロッパ風の町である。エリトリアが1993年にエチオピアから分離・独立するまではエリトリア州の州都であり,エチオピア第2の都市であったが,エチオピアの他の都市が自然発生的なものであるのに対し,この町並みは異質である。

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大辞林 第三版の解説

アスマラ【Asmara】

エリトリア国の首都。同国の北部、海抜2321メートルの高原に位置する。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アスマラ
あすまら
Asmara

アフリカ北東部、エリトリアの首都。人口51万4000(1999推計)。エチオピア高原の北端、標高2320メートルに位置し、道路、鉄道で紅海のマッサワ港と結ばれ、国際空港もある。イタリア植民地時代につくられたヨーロッパ風の美しい町で、キリスト教コプト派の壮大な教会がある。住民の半分はコプト派、半分はイスラム教徒である。繊維工業、醸造業、肉缶詰、食品加工などが行われている。[諏訪兼位]

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世界大百科事典内のアスマラの言及

【エリトリア】より

…正式名称=エリトリア国State of Eritrea面積=12万1144km2人口(1996)=362万人首都=アスマラAsmara(日本との時差=-6時間)主要言語=ティグリニア語,アラビア語など通貨=エチオピア・ビルEthiopian Birrアフリカ大陸北東部に位置する国。西でスーダン,南でエチオピア,南東部でジブチに接し,紅海に面したその海岸線は約1000kmに達する。…

※「アスマラ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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