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アチソン アチソンAcheson, Dean Gooderham

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アチソン
Acheson, Dean Gooderham

[生]1893.4.11. コネティカット,ミドルタウン
[没]1971.10.12. メリーランド,サンデースプリングス
アメリカの政治家。 1918年ハーバード大学大学院法科卒業。 33年財務次官,41年国務次官補,45~47年国務次官,49~53年国務長官。 H.トルーマン政権の対外政策の主要な立案者であった。アチソンは西ヨーロッパの経済復興と安全保障とを重視し,北大西洋条約を推進する一方,中国国民政府に対する援助政策は清算する方針をとった。 50年1月には,太平洋におけるアメリカの防衛線はアリューシャン-日本-沖縄-フィリピンを結ぶ線であると演説,南朝鮮を含めていなかったため,朝鮮戦争勃発後,共和党の政治家らから非難された。 51年対日講和条約の際のアメリカ首席全権。国務長官退官後法曹界にもどったが,歴代大統領の外交政策顧問として活躍。 国務長官時代の回想録"Present at the Creation"で 70年ピュリッツァー賞受賞。

アチソン
Atchison

アメリカ合衆国,カンザス州北東部ミズーリ河畔の都市。 1854年奴隷制度支持者によって築かれた町で,町の名もその指導者 D. R.アチソンに由来。町は,アチソン-トピーカ間に鉄道が開通して発展した。現在,各種工業製品や穀物,家畜の集散地である。人口1万 656 (1990) 。

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デジタル大辞泉の解説

アチソン(Edward Goodrich Acheson)

[1856~1931]米国の発明家。電気炉を研究。人造ダイヤの合成実験中に、炭化珪素(けいそ)・人造黒鉛などの製法を発見。

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百科事典マイペディアの解説

アチソン

米国の民主党政治家。国務次官(1945年―1947年)としてマーシャル・プランを推進,国務長官(1949年―1953年)時はNATOの創設に尽力。朝鮮戦争前後の彼のヨーロッパ第一主義的外交方針は議会の批判を受けた。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

アチソン Atcheson, George (Jr.)

1896-1947 アメリカの外交官。
1896年10月20日生まれ。ながく中国に駐在し,昭和20年マッカーサーの顧問として来日,GHQ外交局長となる。対日理事会では議長をつとめ,反共の立場をとった。1947年8月17日帰国の途中,航空機事故で死去。50歳。コロラド州出身。カリフォルニア大卒。

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世界大百科事典 第2版の解説

アチソン【Dean Gooderham Acheson】

1893‐1971
アメリカ合衆国の政治家,トルーマン政権の国務長官(在任1949‐53)。弁護士を経て,1933年F.ローズベルト大統領の財務次官に就任。ドル平価切下げ政策に反対し5ヵ月で辞任したが,41年国務次官補として再び公職に復帰した。その後国務次官(1945‐47),国務長官として,トルーマン・ドクトリンマーシャル・プランの立案に関与し,また北大西洋条約機構(NATO)設立に携わるなど,〈封じ込め政策〉の推進者として活躍した。

アチソン【Edward Goodrich Acheson】

1856‐1931
アメリカの化学技術者,企業家で,炭化ケイ素(カーボランダム),人造黒鉛(人造グラファイト)の製法発明者。ワシントン生れ。貧しかったので10代から働き,1880年T.エジソンの研究所に勤務,そのかたわら電気技術を独学する。翌年パリの万国博覧会に出張,ひき続き各国での工場建設に従事する。帰国後独立し,90年には電気照明会社を設立,以後の旺盛な研究と企業活動には目をみはるものがある。土製るつぼ中での鉄鉱石の還元研究を行っていた際にたまたま炭化ケイ素が生成することを発見し(1891),その高温加熱による純粋グラファイト(1896),またコロイド状グラファイト(1906)等の製法を発明,電気化学およびその工業の発展に大きな貢献をした。

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大辞林 第三版の解説

アチソン【Edward Goodrich Acheson】

1856~1931) アメリカの化学者・発明家。ダイヤモンドの合成を試み、1892年炭化ケイ素の製法、96年人造黒鉛の製法などを発見。また、電気炉を用いて多くの工業製品を発明。

出典|三省堂
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世界大百科事典内のアチソンの言及

【サンフランシスコ講和条約】より

… 1948年11月,極東国際軍事法廷(東京裁判)が刑の宣告を行い,12月,A級戦犯7名を処刑するに及んで,対日早期講和の世論は国内外で高まり,ソ連は48年11月に続き49年5~6月,パリでの四国外相会議で対日講和の促進を要求し,またイギリス連邦諸国とくにオーストラリア,ニュージーランドは日本軍国主義の復活を恐れ,イギリスもアジア貿易における日本の競争力強化を懸念し,厳しい制限条項をもつ講和の早期実現を望んだ。49年半ばまでにアメリカは中国革命の進展をくい止めることができないと判断し,これに代わって対アジア政策における日本の役割を一段と重視するようになり,9月,国務長官アチソンはイギリス外相ベビンとの会談でイギリスの対日強硬方針を撤回させ,両国政府が対日講和の早期実現,ソ連の参加がなくても条約を締結するという単独講和方式をとること,講和後の日本に米軍基地を設けること,対日監視や過酷な賠償を課さないことで協力するという合意をとりつけ,共同歩調をとるようになった。50年2月,中ソは中ソ友好同盟相互援助条約を結び,日本軍国主義の復活に共同で対処する決意とともに対日講和の早期実現を強調した。…

【黒鉛】より


[人造黒鉛artificial graphite]
 黒鉛は広い用途をもつため,現在では工業的に製造された人造黒鉛が使用されている。アメリカのE.G.アチソンは,1896年に炭化ケイ素SiC製造用の炉を調べたところ,炉内の最高温度になる部位にSiCが分解して黒鉛が生成していることを発見,アーク炉により人造黒鉛を製造することを考えた。このため人造黒鉛をアチソン黒鉛ともいう。…

※「アチソン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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