改訂新版 世界大百科事典 「アルカイオス」の意味・わかりやすい解説
アルカイオス
Alkaios
前600年代後期から前500年代前期にかけて,レスボス島ミュティレネを舞台に活躍した政治家,抒情詩人。生没年不詳。彼の詩集は前2世紀アレクサンドリアで校訂編集された際には10巻を満たし,《賛歌集》《内乱歌》などに分類されていたようであるが,これらは中世写本となって伝わらず,20世紀に至るまではわずかな引用断片と政治家アルカイオスの動向に断片的に言及した古代の文筆家たちの記述,そしてアルカイオスの詩形を範としたホラティウスの《歌集》などから,その全容がうかがわれるにすぎなかった。しかし20世紀中葉までの間に長短約300片のパピルス文書断片からアルカイオスの詩集の一部が発見されるに及んで,詩人の歌と生涯の輪郭はにわかに具体性を増してきた。
前600年ころのレスボス島は貴族の専横と一般市民の不満が高じて内乱が打ち続き,アルカイオスも少年期よりその渦中に過ごした。彼の詩中には政権をほしいままにしたメランクロス,その後を襲ったミュルシロス,さらにこれを倒して僭主となったピッタコスなどの歴代ミュティレネの政治家たちに対するさまざまの思いが,ときには苛烈な非難の言葉となり,ときには示唆的な船や嵐の比喩を通じて湧出する。政争に敗れて流謫(るたく)の日々を送るゆううつが語られ,憂さを晴らす酒の歌や,政敵の失墜を喜ぶ酒の歌もある。しかしまた優れた恋の歌や,アポロン,ヘルメス,双子神などの祭歌も断片的に伝わっている。彼の詩はミュティレネ地方色の濃いアイオリス方言を基調とし,ホメロス叙事詩と共通の詩語を交えながら,強い個性を語っている。2詩行あるいは4詩行を1単位とする聯を語り連ねる形式を用い,各詩行の律格は長短さまざまの〈アイオリス形〉を基本とするが,文は平明率直なスタイルを特色とする。その作品の一部は酒宴歌として広くギリシアの町々で歌われた模様であるが,恋歌や賛歌は後世ローマの詩人ホラティウスによって,頌歌(しようか)の範とされた。
執筆者:久保 正彰
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報