コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

アントニヌス・ピウス アントニヌス・ピウス Antoninus Pius

3件 の用語解説(アントニヌス・ピウスの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アントニヌス・ピウス
アントニヌス・ピウス
Antoninus Pius

[生]86.9.19. ローマ近郊ラヌウィウム
[没]161.3.7. ローマ近郊ロリウム
ローマ皇帝 (在位 138~161) ,五賢帝の一人でその4番目にあたる。 120年執政官 (コンスル ) 。イタリア司法行政を支配。のちアシア州総督。ハドリアヌス帝の養子となり,その死後即位。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

アントニヌス・ピウス

ローマ皇帝(在位138年―161年)。五賢帝の一人。ハドリアヌス帝の養子となり,その後を継承。治世はローマ帝国史上最も平穏な時代とみられ,〈ピウス(敬虔(けいけん)な)〉の称号を元老院から贈られた。
→関連項目マルクス・アウレリウス

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アントニヌス・ピウス
あんとにぬすぴうす
Antoninus Pius
(86―161)

ローマ皇帝(在位138~161)。五賢帝の4番目の皇帝。執政官級の貴族の家系に生まれ、財務官、法務官を務めた後、34歳で執政官となった。小アジアの総督として名声を博し、ハドリアヌス帝の顧問団に加えられた。篤実な人柄のゆえに同帝の信任も厚く、その後継者として養子に迎えられた。同帝の死後、元老院は「敬虔(けいけん)な」Piusという称号を与えて新帝をたたえている。
 彼の治世は、賞与金の施与、扶養基金の設定、属州の財政負担の軽減が果たされるなかで、公費の節約や規律の遵守が徹底するという、まさしく「ローマの平和」に名実ともにふさわしい時代であった。しかし、元老院との協調関係が重視された反面で、行政機構における中央集権化が進展していたことは見過ごせない。死後は万人の称揚するところに従って神格化され、記念碑や神殿が建てられた。[本村凌二]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

アントニヌス・ピウスの関連キーワードサッキ然らぬだに潮ならぬ海成らぬ中が楽しみローマナイズ差し縫ふUNウーマンローマの祭見知らぬ海へローマ帽子の秘密

今日のキーワード

パラチオン、パラチオンメチル

パラチオンは無色で油状の液体、パラチオンメチルはコハク色の液体。ともに毒性が強く、有機リン系殺虫剤として使用された。50年代以降、稲の害虫被害を防ぐことが確認され、広く導入された。しかし、農民の中毒死...

続きを読む

コトバンク for iPhone