アーサー王King Arthurとその宮廷における円卓の騎士たちの物語を総称するもので,中世ヨーロッパ文学の最も重要な主題の一つであった。歴史上の実在の人物としてのアーサーは,ウェールズ人の歴史家ネンニウスのラテン語による《ブリトン人史》(800ころ)に,サクソン人と戦いしばしばこれを敗走せしめた将軍として記録されている。このアーサーは,6世紀から12世紀にかけて,サクソン人に征服されたケルト人の王国再興のために再来すべき,伝説的英雄に変容していった。12世紀のジェフリー・オブ・モンマスのラテン語による《ブリテン列王史》は,この伝説化した偉大な王としてのアーサーの生涯を記した最初の重要な作品である。魔法使いマーリンの力で,ブリテン王ウーゼル・ペンドラゴンはコーンウォール公に化け,公の夫人イグレーヌと同衾し,アーサーが誕生する。アーサーは宝剣エクスカリバーを得てブリテン王となり,ギネビアと結婚,諸国を平定して,ローマ遠征の途につく。その留守中,甥のモルドレッドが王位を奪いギネビアと結婚したという知らせを受け,アーサーは直ちに帰国,モルドレッドを倒すが,自らも重傷を負い,アバロンの島(エトナ)に去る。これが《ブリテン列王史》に記されたアーサー王の伝説的生涯の原型であるが,後年〈宮廷風恋愛〉に基づく円卓騎士団の恋愛物語(ロマンス)や,〈聖杯伝説(聖杯探究の物語)〉等々が加えられ,さらにまたトリスタンとイゾルデの悲恋物語とも結びつき,アーサー王伝説は膨大な物語群に発展していった。その発展について概観すれば,まずアングロ・ノルマン人ワースの《ブリュ物語》(1155)は,《ブリテン列王史》に基づく,フランス語韻文による年代記の代表作であり,これを典拠として,イギリスではラーヤモンが英語の韻文による《ブルート》(13世紀初め)を書いた。さらに,中世フランス最大のロマンス作者,クレティアン・ド・トロアは,《エレックとエニード》《ランスロまたは荷車の騎士》等の諸作品によって,アーサー王伝説に基づく宮廷風騎士道物語に新領域を開拓し,また《ペルスバルまたは聖杯物語》によって,アーサー王伝説に初めてキリスト教の倫理とその神秘思想を導入した。ドイツ13世紀の詩人ウォルフラムの《パルチバル》は,クレティアンのこの作を典拠とする聖杯物語の傑作で,19世紀の作曲家ワーグナーは,これを基に楽劇《パルジファル》を書いた。〈トリスタン伝説〉については,アングロ・ノルマン人トマやノルマンディーの人ベルールらの作品において,すでにアーサー王伝説に結びつけられている。中世におけるアーサー王物語の最後の集大成は,15世紀イギリスの騎士,トマス・マロリーの散文《アーサーの死》によって成就する。中世におけるアーサー王伝説発展の理由はさまざま考えられるが,この伝説の含む恋愛観,倫理観,幻想的な諸要素などが,騎士道,宮廷風恋愛といった諸習慣を生み出した文化的・精神的風土の嗜好に投じたことは容易に想像できる。ルネサンス期にいたって,ようやくアーサー王伝説に対する興味は衰退するが,イギリスでは,主としてマロリーの影響により,アーサー王伝説は近代英文学においても,スペンサーの《神仙女王》,テニソンの《国王牧歌》,ウィリアム・モリスの《ギネビアの弁護》,マシュー・アーノルドの《トリストラムとイズールト》等々の作品を生み出した。20世紀においては,アメリカの詩人E.A.ロビンソンやイギリスの作家T.H.ホワイトなどがアーサー王伝説を主題とする作品を書いている。また夏目漱石の短編《薤露行(かいろこう)》も本伝説を扱った作品である。
執筆者:安東 伸介
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…イギリス人といえばすぐにアングロ・サクソン人と考えたくなるが,文化,芸術の面から見ると,先住民族ケルト人の果たす役割が非常に大きい。例えば,イギリスのみならずヨーロッパにまで広く及んでいる〈アーサー王伝説〉は,本来ケルト民族の生み出したものであり,それが地中海沿岸地方から渡来して来たキリスト教思想と混合して変質したと考えられる。さらにイギリス文学におけるケルト的要素は無視できないものがある。…
…そのため,グラストンベリーこそイングランド最初のキリスト教伝来の地である,とする伝説が生まれ,この地に残る名高い修道院の遺跡は,アングロ・サクソン人やデーン人の侵入にも,またノルマン人の征服にも耐え抜いた,ゆるぎなきキリスト教の栄光の証しであると,うたわれている。また1191年にここで発見されたアーサー王とその妃ギネビアの遺体が,1276年,エドワード1世立会いの下に,再び同修道院の中央祭壇前に埋葬されたという伝説と相まって,〈アーサー王伝説〉ゆかりの名所となっている。【安東 伸介】。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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