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アーベル アーベル Abel, Karl Friedrich

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アーベル
アーベル
Abel, Karl Friedrich

[生]1723.12.22. ケーテン
[没]1787.6.20. ロンドン
ドイツビオラ・ダ・ガンバ奏者,作曲家。バッハガンバソナタを書き与えた名手クリスチアン・フェルディナントの息子。 1746~58年ドレスデン宮廷に仕えたのち,59年イギリス王室に移り,バッハの末子クリスチアン・バッハとともにロンドンの有名な予約音楽会「バッハ・アーベル演奏会」を主宰。

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アーベル
アーベル
Abel, Niels Henrik

[生]1802.8.5. フィヌイ島
[没]1829.4.6. フロランド
ノルウェーの数学者。近代数学の先駆者の一人で,貧困や病弱と闘いながら多大な研究成果を残した。1821~23年クリスチャニア大学で学び,1823年,5次以上の代数方程式は一般に代数的には解けないことを証明した(→代数的解法)。

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アーベル
アーベル
Abel, Othenio

[生]1875.6.20. ウィーン
[没]1946.7.4. ピクルアムモントゼー
オーストリア古生物学者。父はウィーン農科大学講師。ウィーン大学で法律を学んだが,自然科学への関心が深く,同大学地質学部の助手となる (1898) 。ウィーン国立地質学研究所所員 (1900~07) ,ウィーン大学教授 (12) ,古生物学部長 (17) 。

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デジタル大辞泉の解説

アーベル(Niels Henrik Abel)

[1802~1829]ノルウェーの数学者。五次以上の一般の方程式が解けないことを証明。楕円関数を研究。代数方程式に可換群(アーベル群)を導入した。

アーベル(Othenio Abel)

[1875~1946]オーストリアの古生物学者。動物の器官の退行的な特殊化を研究し、また、生痕(せいこん)から古生態復元をめざした。著「脊椎動物古生物学綱要」など。

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百科事典マイペディアの解説

アーベル

ノルウェーの数学者。クリスティアニア(現オスロ)大学在学中に5次方程式が代数的に解けないことを証明,ガウスに通知したが認められなかった。1825年―1827年ドイツ,フランスに留学,クレレと知り合う。
→関連項目群論

アーベル

オーストリアの古生物学者。ウィーン大学・ゲッティンゲン大学教授を歴任。古生物の生活方法や環境への適応を研究する古生態学を確立。古生物の復元,生痕(せいこん)の研究などに大きな足跡を残した。

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ピティナ・ピアノ曲事典(作曲者)の解説

アーベル

ドイツ、ケーテン生まれ。父親のクリスティアン・フェルディナンドはバッハ(ヨハン・セバスティアン)と同時代、優秀なヴィオラ・ダ・ガンバ奏者として知られた。自身もバッハの末子ヨハン・クリスティアン・バッハ ...続き

出典|(社)全日本ピアノ指導者協会
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世界大百科事典 第2版の解説

アーベル【Niels Henrik Abel】

1802‐29
ノルウェーの数学者。ルーテル派の牧師の家に生まれ,貧困と結核とによって,27年にも満たない生涯を終えたが,その短い人生の間にたいへん大きな業績を残した。クリスティアニア大学(現,オスロ大学)で学び,1823年末,五次以上の一般の方程式が代数的には解けない(係数から出発して,四則演算とべき根をとる演算で根を表すことができない)ことを証明した。25年よりドイツ,フランスに留学,ベルリンではA.L.クレレと知り合い,数学雑誌《Journal für reine und angewandte Mathematik》(クレレ誌ともいう)の創刊に協力し,また多くの論文をこの雑誌に発表した。

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大辞林 第三版の解説

アーベル【Abel】

〔Niels Henrik A.〕 (1802~1829) ノルウェーの数学者。五次以上の代数方程式が、一般には代数的に解けないことを証明。楕円関数論の確立など近代解析学の新しい展開に貢献。
〔Othenio A.〕 (1875~1946) オーストリアの古生物学者。従来の層序的記載古生物学にあきたらず、古生態を研究。古生物の生活復元を目指した。

出典|三省堂
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世界大百科事典内のアーベルの言及

【可換群】より

…群において,その演算が可換(乗法ならばabba,加法ならばabbaが,すべての2元a,bについて成立)であるとき,その群は可換群またはアーベル群Abelian groupであるという。N.H.アーベルが代数的に解ける方程式について研究した際に,ガロア群が可換群になるような拡大が扱われたので,この名があるという。…

【群】より

… 数の加法や乗法の場合には,条件(5)交換法則,すなわちabbaが満たされている。このような場合,可換群またはアーベル群と呼ぶ。今後,この項では群の演算の記号は省略して,積はabのようにかく。…

【実関数論】より

…19世紀の中期になって,P.G.L.ディリクレが関数を数から数への対応として定義したことにより,一般の関数の概念が初めて確立された。また,コーシーの時代には極限の概念は確立していても一様収束の概念がなかったため,いくつかの誤った結果が導かれたが,N.H.アーベルによる一様収束の概念の発見によってそれらの問題点が明確になり,誤りは正された。続いてG.F.B.リーマンは,積分の定義を反省してそれを一般にした論文を発表し(1854),さらにG.カントルは無理数論ならびに集合論を創始した(1872)。…

【数学】より

… 代数学では,16世紀のイタリアで四次までの代数方程式が四則と開方で解かれていたが,五次以上の場合に同様の解法を得るための多くの数学者の試みは徒労に帰した。N.H.アーベルは1826年その不可能なことを証明し,E.ガロアはこの問題と方程式の根の置換群との関連を見抜いて,いわゆる〈ガロアの理論〉を創始した。そのころから抽象代数学の最初の部門としての群論が登場することになる。…

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