翻訳|paleontology
地質時代の生物(古生物)の体制・発生・生理・生態などの研究を通じて、生物進化の様式や機構の解明を目ざす分野。したがって、古生物の存在を示す具体的証拠である化石がおもな研究対象となるが、20世紀後半以降は遺存種などの現生種を含めた研究も行われるようになった。
[棚部一成]
化石の研究は古代ギリシアまでさかのぼるが、化石に対する正しい理解は中国の朱子(朱熹(しゅき))やイタリアのレオナルド・ダ・ビンチによって与えられた。17世紀末から18世紀にかけては、化石は、地層の時代区分や対比の有効な武器として広く利用されるようになり、やがてデンマークのステノ、イギリスのW・スミスらにより生層序学(生層位学)が確立された。古生物学ということばは1834年にフランスのブレーンビルとドイツのワルトハイムGotthelf Fischer von Waldheim(1771―1853)によりほぼ同時に提唱されたが、当時の化石の研究は、生物学よりも地質学を基礎にした記載古生物学的性格が強かった。
[棚部一成]
一方、生物科学としての古生物学は18世紀以降の博物学の発展と並行して進められた。とくに古生物学に比較解剖学を導入したフランスのキュビエ、種の可変性を説き系統進化学の基礎をつくったラマルクやC・R・ダーウィン、さらに個体発生と系統発生との関係を重視し反復説を唱えたE・H・へッケルらの業績は大きい。歴史的には地質学への奉仕という応用面から出発した古生物学は、19世紀以降になると各分類群の系統分類に主眼を置くようになり、メンデルの法則の発見を契機に、現生種に対象を絞っていった近代進化学とは別の道を歩んでいった。化石の記載や分類を主目的とする従来の古生物学は、対象となる化石の分類単元に従って古動物学と古植物学に二分され、さらに時代別、分類群別に細分化している。
[棚部一成]
1940年代に入ると類型分類学にかわる新分類学が誕生し、個体群が進化の基本単位であるとする考えが定着した。さらに1970年代に入ると、分子生物学、発生学、生理学、生態学、生物地理学などから得られた進化の理論や仮説を積極的に学び取り、それらを古生物学の立場から検証し発展させていく生物学的古生物学palaeobiologyが生まれた。このような理論面からの変革とともに、電子顕微鏡、X線マイクロアナライザー(電子線マイクロアナライザー)、DNA分析装置、ガスクロマトグラフィー、質量分析計、CTスキャン、シンクロトロン放射光分析装置、コンピュータなどの理化学機器の開発や普及も古生物学の近代化に拍車をかけたといえる。これらの機器の導入により、化石自体の研究法も、従来の外部形態の記載にとどまらず、組織や細胞の微細構造の解析や、遺伝子、タンパク質、炭化水素の分析などの新分野が開拓された。さらに地質年代や環境因子も具体的な値で示すことが可能となり、研究の範囲も広がった。
現代の古生物学は、当面する研究目標に従って、系統古生物学、古生態学、地球生物学に大別される。系統古生物学では、古生物の進化の過程や要因について研究し、とくに高次分類群の起源や系統関係の解析、形態進化と分子進化の関係の解明、種の分化の機構、生物多様性変動の傾向や大量絶滅の原因の解明などを目的としている。また1980年代以降は、先カンブリア時代などの古い地層中のバクテリアなどの微生物化石や生物起源の有機物(化学化石)や炭素同位体比を調べて、生命の起源や分子レベルでの進化を探る分子古生物学や有機地球化学などの分野が開拓された。古生態学は、生物進化を環境との相互作用(適応)としてとらえ、古生理学・機能形態学・古行動学などの分野が含まれる。地球生物学は、古生物とそれを取り巻く地史的背景を現代地球科学の立場から調べることを目的とする。これは従来の生層序学をさらに発展させたもので、古気候学、古海洋学、古生物地理学、古生物年代学などが含まれる。
[棚部一成]
『池谷仙之・山口寿之著『進化古生物学入門――甲殻類の進化を追う』(1993・東京大学出版会)』▽『間嶋隆一・池谷仙之著『古生物学入門』(1996)』▽『速水格・森啓編『古生物の科学1 古生物の総説・分類』(1998)』▽『棚部一成・森啓編『古生物の科学2 古生物の形態と解析』(1999)』▽『棚部一成・池谷仙之編『古生物の科学3 古生物の生活史』(2001・以上朝倉書店)』▽『速水格著『古生物学』(2009・東京大学出版会)』▽『日本古生物学会編『古生物学事典 第2版』(2010・朝倉書店)』
古生物を研究する科学。生物を扱う点では生物学の一分野であるが,化石を直接対象として地質時代の生物現象を研究する点では地球の歴史科学である。化石に人間が関心を抱き始めた時代を特定することはできないが,少なくともクロマニョン人の遺跡から貝化石で作った首飾が出土していることで,その古さがわかる。化石に関する記述は前7世紀ころのギリシアの学者らが行っており,その生物起源であるという本質をすでに見抜いていた。中国では11世紀の沈括や12世紀の朱熹が化石の成因について記述しているが,西欧世界に思想的影響を及ぼさずに終わった。西欧で化石について知的関心の高まるのはルネサンス時代に入ってからである。しかし当時,化石は発掘物一般を意味し,生物起源・非生物起源の区別はなかった。レオナルド・ダ・ビンチのような学者が何人か化石の一部は古生物の遺物であると述べているにすぎない。16世紀ころはC.vonゲスナー(1516-65)が《発掘物について》という著書で現代的意味での化石を多く扱っているとはいえ,化石についての議論はその石状物質の説明や形状が他のどんなものに類似しているかを論ずることなどに終始していた。17世紀に入り,化石の成因が論議を呼ぶようになり,生物起源と非生物起源の化石の区別が大いに論じられた。とはいえ,当時の学者はキリスト教の教義の枠からはみ出ることはなかったので,神の創造による生物の化石は天地創造とノアの洪水から始まる伝統的歴史年表の中に位置づけられた。18世紀になると,博物学者らによってこのような宇宙開闢(かいびやく)説cosmogonyに磨きがかけられる一方,化石の優れた写生図を伴った体系的分類が進められ,古生物学への下地を作った。18世紀の博物学者らは化石とそれを含む地層の岩質との対応関係をおおまかに知っていたが,W.スミス(1769-1839)によって生層位学(化石層位学)の方法が確立され,広域の地層対比のための化石の価値が明らかにされた。さらに重要な理論的貢献をしたのはG.キュビエ(1769-1832)で,彼は比較解剖学を創始して脊椎動物化石を研究した。彼の《化石骨の研究》(1812)は化石復元のモデル的研究である。彼はまた過去において地球生物の遭遇した〈革命〉を論じ,いわゆる〈天変地異説catastrophism〉を唱えた。これに対して,無脊椎動物化石研究の端緒を作ったJ.B.deラマルク(1744-1829)が反論し,今日の進化論につながる見解を発表した。この論争自体はキュビエの勝利に終わったが,天変地異説の方はC.ライエル(1797-1875)の《地質学原理》(1830)で否定されることになった。ライエルの思想は〈斉一説uniformitarianism〉といわれ,〈現在は過去の鍵である〉ことを強調している。19世紀の第2四半期は産業革命のさなかであって,キュビエ以来の生物学的研究とスミスにより刺激された層位学的研究の結びつきが強化され,化石の層位学上の実用的価値が石炭のような地下資源開発の面で認められていった。化石を研究する科学としての〈古生物学〉という名称は,1834年にド・ブレンビルDucrotay de Blainvilleとフォン・ワルトハイムFischer von Waldheimによりほぼ同時に提唱されている。当時の研究では生物の歴史が大局的には前進的であることが示されていたが,漸進的変化による進化を証拠づける材料が化石の研究からはほとんど出てこなかった。ライエルの斉一説の影響下でC.ダーウィンが《種の起原》を著した当時(1859),化石上の証拠に採用された例はわずかにすぎない。しかし,彼の唱えた自然淘汰説を肯定するにせよ否定するにせよ,その後の古生物学はこの問題に取り組まざるをえなかった。今日ではダーウィンをもって近代古生物学の祖と見なすことが常識となっている。けれども一般的傾向としては,古生物学は生物学より地質学とのきずなを強めていった。現在,いずれの国の大学においても,古生物学の研究教育はほとんど地質学関係学科で行われている。
20世紀の古生物学は関連分野の発展とともに著しく展開した結果,研究対象や方法などによって多くの分科細目に分けられるに至った。古生物の系統発生と分類に関する最も伝統的分野として古動物学と古植物学があり,前者はさらに古無脊椎動物学と古脊椎動物学に分かれる。生痕化石を対象とするのは古生痕学であり,化石病理学や化石糞学もこれに含められる。古生物が死後,化石化するまでの過程は化石生成論の対象であり,これはさらに化石続成論と化石産出論に分けて論じられる。化石化した古生物とその生息環境を扱うのが古生態学で,個体群構造や個体間・種間関係の解析,古環境との関係などが研究される。斉一説の観点に立って古生物の生態や化石化過程の解明のため,現生生物の観察や実験的研究を行うのが現在古生物学(または考現古生物学)である。古生物の地理的分布やその変遷は古生物地理学で扱う。古生物の残した有機物の化石の生化学的研究は古生化学で行われ,地球における生命発生以来の生物進化が分子レベルで追究される。化石の生物学的意義をもっぱら追究する分野はパレオバイオロジーといわれ,純古生物学,生物学的古生物学などと訳されている。これは,いろいろな時代の地層中における層位的分布に主眼をおいた化石の研究をする層位学的古生物学としばしば対置される。対象が微化石で研究手段として顕微鏡の不可欠なのは微古生物学である。その他,化石の安定および放射性同位体を扱う同位体古生物学などがある。
→化石 →進化論
執筆者:高柳 洋吉
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