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アーメダバード Ahmadābād

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アーメダバード
Ahmadābād

インド西部,グジャラート州中東部の綿工業都市。 1970年まで州都。アーメダバード県の行政庁所在地。カンベイ湾に注ぐサバルマティ川に面する。 1411年グジャラート王国のアフマド・シャーの時代に建設され首都となったが,1572年ムガル帝国に併合,1818年イギリス領となった。 59年最初の近代的綿紡績工場が造られ,以後,ムンバイ (ボンベイ) と並ぶ綿織物の中心地として発達し,「インドのマンチェスター」とも呼ばれている。ほかに絹織物や日用品製造が盛ん。商業都市でもある。 15世紀以来のイスラム建築が多く,ヒンドゥー教やジャイナ教寺院も残る。マハトマ・ガンジーが独立運動の拠点とした地で,サバルマティ川の西側にマハトマ・ガンジー創立のサバルマティ・アシュラムがある。同国西部の鉄道の結節点で,空港もある。グジャラート大学 (1949) の本部がおかれている。人口 287万 2865,大都市圏 329万 7655 (1991) 。

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デジタル大辞泉の解説

アーメダバード(Ahmedabad)

インド西部、グジャラート州の工業都市。15世紀初め、同地方を治めたスルターン、アフマド=シャー1世が建設した城塞都市に起源する。英国統治時代より綿織物工業が盛ん。1915年にガンジー南アフリカから帰国し、インド独立運動の拠点を置いた。2017年、世界遺産(文化遺産)に登録。アーマダバードアフマダーバード。人口、行政区352万(2001)、都市圏453万(2001)。

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大辞林 第三版の解説

アーメダバード【Ahmedabad】

インド中西部の都市。綿工業が盛ん。一五、六世紀、グジャラート王朝の首都。アーマダバード。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アーメダバード
あーめだばーど
Ahmedabad

インド北西部、グジャラート州中部にある旧州都で綿工業都市。アーマダバードともいう。人口351万5361(2001)。カンベイ湾に注ぐ同州最大のサーバルマティ川の河口から約75キロメートル上流、グジャラート平原の中央に位置する。インド綿工業発達史上ムンバイ(ボンベイ)と並ぶ創業地で、19世紀後半にはインドのマンチェスターとよばれるまでに発達した。人口は全国第6位で、製造業に従事する者の比率が高い。
 1411年イスラム教徒のアーマド・シャー1世が城郭を築き、1573年にムガル帝国のアクバル帝に征服されるまで、グジャラート国の首都として栄えた。1753年、地方豪族のガーイクワール家はマラータ勢力と手を結んで反乱を起こし、ムガル帝国の支配を断ち切った。1818年にはマラータ勢力も衰退し、かわってイギリスの支配下に入った。1861年に地元民族資本による綿紡績工場が創業され、1864年ムンバイとの間に鉄道が開通すると、綿紡績工場の集積が急速に進み、1914年には49工場で約3万3000人の従業者を抱えるまでになった。こうした民族資本の興隆を背景に、1915年南アフリカから帰国したマハトマ・ガンディーがこの地に反英独立運動の本拠を定めた。
 市内にはイスラム寺院や歴代王侯の墓所も多い。1432年の建立とされるジャマ・マスジッドは、東洋でもっとも華やかなモスクの一つといわれる。また、ガンディーにより創設されたアーメダバード大学も特異な存在である。ポルとよばれる一定の囲いをもつ珍しい集団住宅地があるが、これは工業労働者の急激な流入の結果、形成されたものである。[中山修一]

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