アール・デコ(読み)アールデコ

百科事典マイペディアの解説

アール・デコ

1910年代から1930年代にかけてフランスを中心とするヨーロッパ,そして米国で広まった装飾様式。1925年にパリで開催された〈現代装飾・工業美術国際展〉から生まれた呼称。有機的な曲線を多用するアール・ヌーボー様式への反発,キュビスムバレエ・リュッスの舞台美術の影響から,直線的構成と明快な色彩を特徴とする装飾様式が生まれた。宝飾,ポスター,什器類,建築など幅広い分野で大衆的デザインとして広まり,ポスター作家カッサンドルや工芸家E.J.リュルマン〔1879-1933〕などが活躍した。ヨーロッパではアール・ヌーボーとバウハウスの中間に位置する過渡的な様式とされ,むしろ米国に及ぼした影響の方が大きい。エンパイア・ステート・ビル(1931年完成)やクライスラー・ビル(1930年完成)はその典型。
→関連項目杉浦非水東京都庭園美術館ポスターラリックル・コルビュジエ

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アール・デコ
あーるでこ
art dcoフランス語

アール・デコラティフ(装飾美術)の略称。ただし1925年にパリで開かれた「現代装飾美術・産業美術国際展」を特色づける装飾のスタイルをさしていう。1925年様式ともよばれる。流れるような曲線を愛好したアール・ヌーボーとは対照的に、基本形態の反復、同心円、ジグザグなど、幾何学への好みが顕著にみられる。機械の時代に入った新生活との関連が当然指摘されるのだが、幾何学形態はかならずしも合理的かつ機能的な解決によって処理されず、むしろ優雅な趣味に裏づけされている。アール・デコの源泉の一つが異国情緒にあふれたロシア・バレエ団にあったことからも明らかなように、あるときは華麗な色彩を得て幾何学形態が繰り広げられた。この意味から、同じく1925年展にル・コルビュジエが純正な幾何学に基づいて出陳した「エスプリ・ヌーボー(新精神)」館は、際だった合理的精神において、アール・デコと一線を画するものがあった。
 アール・デコを代表するデザイナーには、工芸のフォロ、ブラント、ルグラン、ポスターのカッサンドルらがあげられる。ファッション界ではポワレやシャネルがアール・デコの趣味を取り入れ、文字どおりの新時代をもたらした。ホフマンが主宰したウィーン工房の作風は、その高雅な趣味性によってアール・デコと近接する。1930年前後のニューヨークの建築装飾にも興味深いアール・デコ様式が現れている。[高見堅志郎]
『G・ヴェロネージ著、西沢信彌・河村正夫訳『アール・デコ〈1925年様式〉の勝利と没落』(1972・美術出版社)』

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