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イスラエル史 イスラエルし

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

イスラエル史
イスラエルし

ヘブライ (イブリ) 人は言語上北西セム語族に属し,古代においては主としてパレスチナに定住し,古くからイスラエルあるいはユダとも呼ばれていた。旧約聖書によると,ヘブライ人の祖先 (「族長」たち) はメソポタミアの遊牧民であったが,たぶん中期青銅器時代にシリア,パレスチナの砂漠周辺に移動し,一部はエジプトに入った。現在では前3千年紀末から前 12世紀までのエジプト,メソポタミア,シリアなどで不特定の職業につく流浪の民ハピルとヘブライ人が同じものであったこと,そして旧約聖書の示す初期ヘブライ人の社会制度が北部メソポタミアのマリやヌジのような都市国家にもあったことなどが認められている。前 13世紀後半にエジプトのヘブライ人の指導者モーセが同胞を部族組織にまとめ上げて民族移動を起こし,カナン定着を目指した。前 1010年頃初代の王サウルが戦死するまでの約 250年間,士師と呼ばれた宗教的戦士がカナン人,ペリシテ人,アンモン人,モアブ人などと戦い,ダビデにいたってエルサレムを中心とする統一王国の建設に成功した。次の王ソロモンが死去すると,南北二つの王国に分裂し,一方では遠近の外敵 (アラム人,エジプト人,アッシリア人ら) と戦い,他方ではカナン的多神教と対決した。このようななかから預言者という特異な宗教的社会運動家が出て,宗教的自覚を促した。イスラエル (北) 王国は前 722/1年にアッシリアによって,ユダ (南) 王国は前 586年に新バビロニアによって滅ぼされ,指導者階級は強制移住させられた (→バビロン捕囚 ) 。しかしアケメネス朝ペルシアの成立とともに,ヘブライ人たちはエルサレムを中心とする小国家を形成し (前6世紀末) ,戒律と聖書によるユダヤ教が成立した。この祭司国家は一時セレウコス朝の支配を受けたが,ハスモン (マカベア) 朝によって独立を取り戻した (前2世紀前半) 。ローマ帝国の支配下に入ってから,前 40年ヘロデ大王の登位とともにユダヤ人の国家はきわめて繁栄したが,第1に王朝内部の紛糾,第2にユダヤ教の形骸化,第3にユダヤ社会の党派分裂などのため,ローマ帝国との関係が悪化し,70年と 132~135年にエルサレムが強力なローマ軍に包囲攻撃されるに及んだ。 153年以後,パレスチナのヘブライ人の政治的権力はまったく失われ,祖国を失って亡国の民となった。 19世紀の末からシオニズムが起こり,1920年代から移住が積極化した。 1947年の国際連合によるパレスチナ分割決議に基づき,1948年5月 14日イスラエル国が成立。以降アラブ諸国,イスラエル建国により土地を追われたパレスチナ人との間で対立,和解を繰り返している。

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