インディアス法(読み)インディアスほう(その他表記)Derecho indiano

改訂新版 世界大百科事典 「インディアス法」の意味・わかりやすい解説

インディアス法 (インディアスほう)
Derecho indiano

固有の意味では,かつてインディアスと総称されたスペイン領アメリカの植民地立法を指すが,広義にはこの地域の植民地時代に行われた法の総体をいう。後者の意味に用いれば,インディアス法の法源は,おもにカスティリャ法本国から発せられた植民地のための諸立法とから成る。

 新大陸の発見当時,スペインでは,カスティリャ,アラゴン2王国の政治的連合が成立していたが,新たに発見・征服された大陸と島嶼は,いくつかの理由と配慮から,以後カスティリャに帰属することとされた。かくして新大陸の土地にはカスティリャの多くの制度や文化とともに,その法もまた移植されていったのである。カスティリャ法(それは18世紀以降,しだいにスペインの共通法となっていった)は,新大陸においては,後述する植民地立法との関係では補充法とされたが,後者は公法,特に行政法規的性格が強かったから,そこで扱われることの少なかった民事刑事訴訟などの法領域は,カスティリャ法によって補充された。当時のカスティリャ法は複雑を極めたが,その中でも,ローマ法の影響を強く受けた《七部法典(シエテ・パルティダス)》は,最も包括的かつ体系的な法典として,植民地の法生活に多大な効力を発揮した。

 ところで,新大陸の経営には,既存の制度や法のみでは不十分であったから,新たな制度や機関が導入され,多くの法令が本国から発せられた。17世紀中ごろにはすでに40万件を超えていたと言われるこれらの法令は,カスティリャの伝統的な立法技術に従って,整理かつ体系化され,一つの法典の形式を与えられた。1680年,カルロス2世によって公布された〈インディアス法集成〉がこれであり,全9編,218章,6377ヵ条から成る大法典であった。その内容は,教会および聖職者,諸種の行政機関の組織,軍制,植民,原住民の保護と教化のための諸制度,財政等々,きわめて広範かつ多岐にわたる。それらは,つまるところ,新大陸の富の開発とカトリック布教(原住民の教化)という二大方針に集約される,スペインの植民地経営の法的表現であった。しかしこの法典は,既存の単行法令の整理・統一の所産という性格上,多くの不備や欠陥を蔵し,また論理的な体系を欠いていた。そのうえ,18世紀に入ると本国の対植民地政策が大きく転換し,〈集成〉とは矛盾する多くの法令が生まれた。かくして,新たな法典編纂の必要に迫られたが,18世紀末に完成した〈インディアス新法典〉は,わずかにその第1編のみが施行され,他は草案にとどまった。

 一方,新大陸を統一的に規制しようとする本国の立法は,植民地の多様な現実を無視する結果となり,しばしば直接の執行者たる植民地官吏の強い抵抗に遭い,譲歩を余儀なくされた。また,とりわけ原住民の保護と教化に関する誠意に満ちた諸制度も,植民者たちのあくなき欲望の前に,原住民収奪の手段と化していった。これらの事態を改善すべく出された諸法令,例えば1542年の〈インディアス新法〉は,植民者の反乱を招き,その内容を一部改廃せざるをえなかったほどであった。このような法に対する軽視ないし不信の態度は,植民地の独立後にも,〈遺産〉として引き継がれていった。そのうえ,植民地官吏に対する徹底した不信から,植民地における活動を本国の立法によって隅々まで規制する過度の干渉主義は,植民地人から政治的自治の能力と経験の育つ機会を奪うこととなり,諸国の独立後の政治運営に広くみられる無秩序と混乱の,大きな原因をもなしてきたと考えられる。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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