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ウォード Ward, Artems

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ウォード
Ward, Artems

[生]1727.11.26. マサチューセッツシュルーズベリー
[没]1800.10.28.
アメリカ独立革命期の軍人。独立戦争の緒戦であるボストン包囲戦の指揮をとり,1776年3月イギリス軍を撤退させた。 G.ワシントンの総司令官就任に伴い辞任を申出たが,77年3月までボストン地区司令官をつとめる。大陸会議代表,連邦下院議員 (1791~95) を歴任。

ウォード
Ward, Artemus

[生]1834.4.26. メーン,ウォーターフォード
[没]1867.3.6. サウサンプトン
アメリカのユーモア作家。本名 Charles Farrar Browne。 1857年クリーブランドの『プレーン・ディーラー』紙に,旅の興行師アーティマス・ウォードなる人物がさまざまな主題について語る軽妙な文章『アーティマス・ウォード言説集』 Artemus Ward's Sayingsを連載して有名になった。その後各地へ講演旅行に出かけたが,イギリスで客死。主著『アーティマス・ウォードの書』 Artemus Ward: His Book (1862) ,『アーティマス・ウォード旅行記』 Artemus Ward: His Travels (65) 。 M.トウェーンに大きな影響を与えた。

ウォード
Ward, Fannie

[生]1872.2.22. セントルイス
[没]1952.1.27. ニューヨーク
アメリカの女優。ニューヨークロンドンで,多くの喜劇ミュージカルに出演,「永遠の若さと美貌」で人気を博した。

ウォード
Ward, Frederick Townsend

[生]1831.11.29. マサチューセッツ,セーレム
[没]同治1(1862).11.21. 浙江,寧波
中国の太平天国鎮圧に従事した外人傭兵隊「常勝軍」の創設者。中国名は華爾。上海周辺で汽船の運転をしていたが,咸豊 10 (1860) 年,上海の買弁商人楊坊 (ようぼう) の要請で外人水夫を集め傭兵隊を組織,松江を奪回,同治1 (62) 年には英仏の正規兵とともに,上海に迫った太平軍を撃退した。その功によって清朝から副将の資格を授けられ,部隊は常勝軍の名を得た。のち,寧波攻撃中戦死

ウォード
Ward, James

[生]1769.10.23. ロンドン
[没]1859.11.23. チェシャント
イギリスの風景画家,動物画家,版画家。主として動物を題材とした。 1811年以来ロイヤル・アカデミー会員。主要作品『闘牛』 (1804頃,ビクトリア・アンド・アルバート美術館) ,巨大な『ゴーデールの断崖』 (15,テート・ギャラリー) 。

ウォード
Ward, James

[生]1843.1.27. ヨークシャー,ハル
[没]1925.3.4. ケンブリッジシャー,ケンブリッジ
イギリスの哲学者,心理学者。ケンブリッジ大学教授 (1897~1925) 。 1869年ドイツに留学し,R.H.ロッツェの影響を受けた。彼の心理学は G.F.スタウト,G.E.ムーア,L.ウィトゲンシュタインに影響を与えた。主著に『心理学原理』 Psychological principles (18) がある。

ウォード
Ward, Lester Frank

[生]1841.6.18. イリノイ,ジョリエット
[没]1913.4.18. ロードアイランド
アメリカ社会学の創始者。貧しい少年期をおくり,南北戦争では北軍兵士として戦った。 1869年,コロンビア・カレッジ (のちのジョージ・ワシントン大学) を卒業,71年に同校の文学修士 (マスター・オブ・アーツ) となる。その後,政府に勤め,地質学,植物学などの研究に従事。 1906年,ブラウン大学社会学教授となり,死ぬまでこの職にあった。アメリカ社会学会初代会長 (1906~07) 。彼は A.コントの強い影響を受けて,宇宙哲学体系を企図し,さらに進化論的立場から,宇宙が創造的進化の過程にあると考えた。人間が宇宙進化の最高段階であり,人間によって社会が形成され,この過程で生じた「人間の業績」が文明形成であるとして,ここに社会学の対象をとらえた。主著『社会学概論』 Outlines of Sociology (1898) ,『純粋社会学』 Pure Sociology (1903) ,『応用社会学』 Applied Sociology (06) 。

ウォード
Ward, Mary Augusta

[生]1851
[没]1920
イギリスの女流作家,社会事業家。 M.アーノルドの姪。アミエルの『日記』の翻訳者として知られる。

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大辞林 第三版の解説

ウォード【Frederick Townsend Ward】

1831~1862) アメリカの船員。1860年上海で外人部隊を組織し、李鴻章りこうしように協力して太平天国軍を撃退。その部隊は「常勝軍」の名を得た。寧波ニンポーで戦没。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

367日誕生日大事典の解説

ウォード

生年月日:1831年11月29日
アメリカの軍人
1862年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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