コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

エフェソス公会議 エフェソスこうかいぎConcilium of Ephesos

5件 の用語解説(エフェソス公会議の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

エフェソス公会議
エフェソスこうかいぎ
Concilium of Ephesos

431年6月 22日~7月 17日にエフェソス開かれた第3回公会議。キリストにおける神人両性の位格的結合マリアは神の母 Theotokosであるか否かをめぐって,ネストリウスを中心とするアンチオキア派とキュリロスを中心とするアレクサンドリア派が対立。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

デジタル大辞泉の解説

エフェソス‐こうかいぎ〔‐コウクワイギ〕【エフェソス公会議】

431年、東ローマ皇帝テオドシウス2世の召集によりエフェソスで開かれた宗教会議。キリストの神性を否定したコンスタンチノープルの大主教ネストリウスを異端として破門、ニカイア信条の再確認が行われた。

出典|小学館
デジタル大辞泉について | 情報 凡例

世界大百科事典 第2版の解説

エフェソスこうかいぎ【エフェソス公会議】

ネストリウス問題の解決のために431年,小アジアのエフェソスで開催された公会議。第3回公会議にあたり,皇帝テオドシウス2世が招集した。コンスタンティノープル主教ネストリウスは,キリストにおける神性と人性の区別を明確にすべきだと主張し,聖母マリアへの〈テオトコス〉(〈神の母〉の意)の尊称に反対した。それに対しアレクサンドリア主教キュリロスらが強く反発し,教会政治上の思惑もからんで論争問題となっていた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
世界大百科事典 第2版について | 情報

大辞林 第三版の解説

エフェソスこうかいぎ【エフェソス公会議】

エフェソスで431年開催された宗教会議。キリストの神性を否定したネストリウスを異端として破門、ニカイア信条を再確認した。

出典|三省堂
大辞林 第三版について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

エフェソス公会議
えふぇそすこうかいぎ

431年、小アジアのエフェソスEphesos(エペソ)で開かれたキリスト教会の第3回公会議。いわゆるネストリウス論争の解決のため、東ローマ皇帝テオドシウス2世によって招集された。ネストリウス(コンスタンティノープルの総主教)は、キリストには神人二つの人格ないし実体があると主張、また当時広く用いられて東方世界で問題化していた「神の母(テオトコス)」というマリアの呼称に反対したため、キリロス(アレクサンドリアの総主教)によって激しく論難され、この会議で異端の宣告を受けた。この会議では、キリストの位格(ペルソナ)について神人一体であること、マリアは神の母であることが決定された。[菊地栄三]
『H・I・マルー著、上智大学中世思想研究所監訳『キリスト教史2 教父時代』(1980・講談社)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

世界大百科事典内のエフェソス公会議の言及

【マリア論】より

…なお,《ヨハネの黙示録》12章はマリアよりも教会のイメージだと考えられている。古代教会においてマリア論がキリストの本性と役割の明確化への要求とともに発達したことは,キリスト論の重大な決定を行ったエフェソス公会議(431)がマリアを〈キリストの母〉とは言えても,〈神の母〉とは言えないとしたネストリウスの異端に反発して招集されたことからもうかがわれる。16世紀のプロテスタント間の〈和協信条〉(1577)ではマリアが〈神の母〉と宣言されているにもかかわらず,プロテスタント側からの攻撃に対するカトリックの弁明の必要から,以後マリア論が専門分野にまで発達し,近代における教皇による二つの重要なマリアに関する教義の宣言を生み出すようになる。…

※「エフェソス公会議」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
世界大百科事典 第2版について | 情報

エフェソス公会議の関連キーワード聖母子地下鉄民営化朝鮮人遺骨米国の貧富の差イーストコア曳舟新・中央市民病院外国人児童生徒ペロポネソス戦争西秦大夏

今日のキーワード

稀勢の里寛

1986- 平成時代の力士。昭和61年7月3日生まれ。中学卒で鳴戸部屋に入門し,平成14年3月初土俵。16年5月新十両,同年11月には18歳4ヵ月で新入幕をはたす。18年7月新三役小結,21年3月新関...

続きを読む

コトバンク for iPhone