日本大百科全書(ニッポニカ) 「エルランゲン目録」の意味・わかりやすい解説
エルランゲン目録
えるらんげんもくろく
1872年、ドイツの数学者クラインがエルランゲン大学哲学部教授に就任するに際して発表した研究プログラム。クラインは「最近の幾何学研究に関する比較考察」と題するこの論文のなかで、いろいろな幾何学が変換群の立場から統一的にとらえられることを示した。すなわち、空間をそれ自身に写す変換からなる一つの集合が群をなすとき、空間の図形に関する定理のうちで、この群のすべての変換のもとで変わらないようなものの集まりを、この群に従属する幾何学とした。たとえば、われわれにはもっともなじみの深いユークリッド幾何学(ピタゴラスの定理などを含む)は合同変換群に従属し、アフィン幾何学(デザルグの定理などを含む)はアフィン変換群に従属し、射影幾何学(パスカルの定理などを含む)は射影変換群に従属する。一つの変換群に従属する幾何学と、その部分群に従属する幾何学とでは、後者のほうが扱う図形の種類が多い。たとえば、アフィン幾何学では、ユークリッド幾何学とは違って、三角形はすべて同じものとみなされる。また、前者で成り立つ定理は後者でも成り立つ。同様に、いま考えた空間のかわりに球面を考えれば、球面上のさまざまな幾何学が得られる。たとえば、変換群として三次直交変換群(楕円(だえん)的変換群ともいう)をとれば、これに従属する幾何学は球面幾何学(楕円的非ユークリッド幾何学ともいう)である。類似の方法で、球面のかわりに二葉双曲面の1枚を考えると、双曲的変換群に従属する双曲的非ユークリッド幾何学(ボヤイとロバチェフスキーの非ユークリッド幾何学ともいう)が得られる。
このような見地からクラインは、当時までに別々に研究されてきたいろいろな幾何学を包括しながら、それらの間の相互関係や位置づけを明確にして、幾何学の進むべき新しい一つの方向を打ち出した。現在リーマン幾何学とよばれている幾何学は、1916年にアインシュタインが一般相対性理論に応用して以来重要視されてきているが、これは一般には恒等写像以外の変換群をもたないような集合を研究対象とするために、エルランゲンの目録には登場しない幾何学の一つである。したがって、同目録は幾何学に対して万能ではなくなっているが、彼の幾何学に対する深い思想はさまざまな形で現代幾何学のなかでも息づいている。
[高木亮一]