日本大百科全書(ニッポニカ) 「オオムギ」の意味・わかりやすい解説
オオムギ
おおむぎ / 大麦
barley
[学] Hordeum vulgare L.
イネ科(APG分類:イネ科)の越年草。穀物として、コムギ、イネ、トウモロコシに次ぐ生産量があり、世界中の温帯、亜熱帯で栽培される。
[星川清親]
形態
根はひげ根状で、深さ0.9~1.1メートル、半径15~30センチメートルの根系をつくる。稈(かん)は普通は高さ約1メートルで、長稈品種では1.8メートルになるものもある。日本では90センチメートル以下の品種が多い。葉は幅1~1.5センチメートル、長披針(ちょうひしん)形で、基部は葉鞘(ようしょう)になって茎を抱き、互生する。花期は4~5月。穂は長さ3~12センチメートルで、穂軸の各節に小穂が3個ずつ互生する。各小穂の外側には、小さい芒(のぎ)状の包穎(ほうえい)が1対ある。小穂は1小花からなり、その護穎の先端に芒があるものとないものがあり、また芒にも長短、毛・鋸歯(きょし)の有無など品種により違いがある。とくに芒が三叉(さんさ)冠状のものを三叉芒品種といい、キリスト教の僧侶(そうりょ)の帽子の形に似るので僧帽芒品種ともよばれる。内穎は護穎と同長であるが質が薄く、成熟期には護穎に包まれて、穎果の背面にわずかにのぞくにすぎない。小穂の内側の基部には刺毛がある。これは小穂軸が変形したもので、普通は長さ約2.5ミリメートル、その形態はさまざまで分類の基準となる。雄しべは3本、雌しべの柱頭は二叉して羽状。
3個の小穂がすべて稔実(ねんじつ)し、粒が縦に6列に並んだ形となるものを六条オオムギという。なお六条ではあるが、中央の小穂と穂軸との角度が小さいため穂が四角柱にみえるものがあり、これを四条オオムギという。穎果が内・護穎と癒着しているものを皮麦(かわむぎ)、癒着せずに穎果が容易に離れるものを裸麦(はだかむぎ)という。一般には六条皮麦を六条オオムギ、六条裸麦を単に裸麦とよぶ。近縁の二条オオムギ(一名ヤバネムギ、ビールムギ)H. vulgare L.(H. distichum L.)は、穂軸の各節につく3小穂のうち中央の小穂のみが稔性で、両側の小穂が不稔(雄しべのみで雌しべが退化したものや、雄しべまでも退化したものがある)のもので、粒が穂軸を中心に対称に2列に並ぶ。二条オオムギの栽培品種は大部分が皮麦で、裸麦は少ない。なお、これら六条、四条、二条種のほか、側列小穂に稔性の小穂や不稔性の小穂、さらに小穂が退化したものなどが不規則に入り乱れている種類があり、これを不斉条(ふせいじょう)種とよぶ。
[星川清親]
起源
中近東一帯に広く分布する野生二条オオムギH. spontaneum K.Kochが起源種と考えられている。すなわち、およそ1万年前イラクの山岳地帯で野生二条オオムギから栽培二条オオムギが生じ、メソポタミアで栽培されるうち、紀元前7000年ころ突然変異で栽培六条オオムギができて、これがのちに世界中に伝わったと推定されている。二条と六条の違いは単一の遺伝子によって支配されており、二条が顕性であることもこの考えの根拠となっている。また中近東の野生二条オオムギの集団のなかに生えているH. lagunculiforme Bacht.が、野生二条オオムギから栽培六条オオムギへの移行型であることが遺伝学的研究から証明されている。
[星川清親]
生産
世界のオオムギ生産量は、2016年で1億4128万トン、うちヨーロッパが63%を占め、ついでアジアおよび北アメリカでの生産が多い。ロシアは世界最大のオオムギの生産国で、世界生産の13%を占め、ついで、ドイツ、フランス、ウクライナ、オーストラリア、カナダの順である。日本では水田裏作として、昔から栽培されてきた。明治の初期には皮麦約60万ヘクタール、裸麦約45万ヘクタールの栽培があった。第二次世界大戦後、農業が回復した時点で、皮麦は48万ヘクタール、裸麦は57万ヘクタールの作付けがあった。しかし、米の生産が安定したこと、コムギの輸入による食糧事情の好転により、これまで米の補填(ほてん)的役割をしていたオオムギの需要が減少し、作付けは急速に減少した。2007年では、六条オオムギ1万5700ヘクタール、裸麦4020ヘクタール、二条オオムギ3万4500ヘクタールとなっている。二条オオムギは、ビール醸造用の原料麦を輸入するようになった1970年から急速に減少している。2017年では、六条オオムギ1万8100ヘクタール、裸麦4970ヘクタール、二条オオムギ3万8300ヘクタールとなっている。
二条オオムギは関東、九州、および岡山県に栽培が多い。六条オオムギの皮麦は北陸、北関東と東北地方の太平洋側で栽培され、西日本ではほとんど作付けをみない。裸麦は香川・愛媛・大分県を中心に四国、九州で栽培され、東日本では埼玉県を中心にわずかに栽培される。
[星川清親]
栽培
栽培方法はコムギとほぼ同様である。基肥(もとごえ)はコムギよりやや多肥とし、10アール当り皮麦で窒素11.5キログラム、リン酸10.3キログラム、カリ10.7キログラムを標準とし、裸麦ではそれぞれ10%増とする。種子の塩水選の比重は、皮麦は1.13、裸麦は1.22が適当である。播種量は10アール当り皮麦で6~10キログラム、裸麦で3~6キログラムである。オオムギは耐寒性、耐雪性が弱いので、秋の播種適期を逃さないように注意する。とくに裸麦では適期の幅が狭い。生育期間はコムギよりやや短く、7~15日早く収穫期になる。収穫期が梅雨にかかるため、雨にあうと品質低下、減収を招く。黄熟期に入れば、天候をみて早めに収穫する。オオムギの病害としては、さび病、うどんこ病、赤かび病などが著しい。
[星川清親]
利用
日本のオオムギの需要は2016年度で約199万トン、うち国内産は17万トン程度である。このうち97万トンが飼料用で、約92万トンが加工用、純食用は約4万5000トンである。中国やインドでは一部を人間の食糧にあてるほかは飼料。欧米ではほとんど飼料とされ、一部が醸造用である。成分は、コムギに比較してやや繊維が多く、灰分、カルシウム、鉄分、ビタミンB1、ニコチン酸などがやや多い。搗精(とうせい)して胚乳(はいにゅう)だけの粒にしたものを丸麦とよぶ。丸麦をさらに精麦し、加熱、加湿、圧偏して押し麦にする。
日本では、昔からオオムギを米に混ぜて炊き、米食の補助食糧とした。以前は丸麦をそのまま、あるいは米とともに炊いて飯としたが、縦溝の中に繊維が残っていて消化が悪いので、押し麦としての利用が始まり、近年は麦粒を縦溝部に沿って切断し、残っている繊維を除去するとともに、粒径を米粒に近づけた白麦(はくばく)(切断麦)にして米に混ぜて炊く。精麦は約10%のタンパク質を含む。十分に精白していない精麦はビタミンB1を含み、白米と混ぜて常食すると栄養上優れている。昔、脚気(かっけ)の予防に麦飯が推奨されたのはこのためである。しかし、最近の精麦は十分に精白してあるため、ビタミンB1補給の効果はあまり期待できない。そこで、押し麦や白麦にビタミンB1、B2を添加したものが強化精麦の名で保健食として売られている。丸麦は、麦みそ用の麦麹(こうじ)の原料としたり、炒(い)って粉にして「はったい」(麦こがし、香煎(こうせん))にし、食用、菓子原料とする。皮麦を焙(ほう)じたものが麦茶である。
現在の栽培品種のデンプンはほとんどが粳(うるち)性であるが、アジアには少量ながら糯(もち)性のオオムギも栽培される。グルテンを含まないので、パン用に適さず、また微量の不味物質も含まれるので、粉食には向かない。
オオムギの麦芽は、デンプンの糖化と液化の力が優れているので、水飴(みずあめ)の原料とするほか、ビールやみりん、ウイスキーなどの醸造にも使われ、また、糖化剤としても用いられる。ビール用には、発酵をよくするため、皮麦で発芽歩合がよく(そろった麦芽を得る)、タンパク質含量が少なく(タンパク質含量が多いとビールが濁る。日本では9~13.5%以下、ヨーロッパでは11%以下)、デンプン含量が高いこと(乾物で58~68%またはそれ以上)など、食用品種とは異なった種々の条件が必要とされる。ビール醸造に用いられるオオムギは、そのほとんどが二条オオムギである。
オオムギの稈(かん)は、乾燥すると黄金色で美しい光沢があるため、麦稈真田(ばっかんさなだ)(麦稈すなわち麦藁(むぎわら)を漂白して、真田紐(ひも)のように編んだもの)を編む材料とし、麦藁帽子、籠(かご)、敷物などをつくる。また飲料用のストローにする。ビニル製のストローが普及する前は、ストローといえば麦稈ストローであった。
ごく早生で穂の形の美しいものを促成栽培し、いけ花用とする。葉に白い斑(ふ)の入る品種が「笹(ささ)の雪」「翁(おきな)麦」などの名でつくられており、いけ花用として人気がある。
[星川清親]