翻訳|Dutch
オランダ王国の公用語,ベルギー王国におけるフランス語と並ぶ公用語であり,オランダで1350万人(1977),ベルギーで550万人(同)によって使用されている。系統的には英語,ドイツ語などとともにインド・ヨーロッパ語族の西ゲルマン語派に属し,低地フランク方言を基礎として,それにオランダ北部の北海ゲルマン語に属する,フリジア語,サクソン語の影響が加わってできた言語である。
オランダ語の歴史は,(1)古オランダ語(11世紀まで),(2)中世オランダ語(12~16世紀),(3)近代オランダ語(17世紀以降)の三つの時期に区分される。
(1)古オランダ語時代の資料としては,わずかに,9世紀の東低地フランク方言による《詩篇》の翻訳の断片や地名・人名などが残されているにすぎないが,これらの資料から,この時期の次のような言語的特徴を見てとることができる。(a)ウムラウト(変母音)は短母音a,uのみに限られる。(b)長母音ē,ōが二重母音io,uoになる。(c)子音群hsが同化によってssになる。
(2)中世オランダ語(これはディーツ語Dietsと呼ばれることもある)の時代には,ネーデルラント南部(現在のベルギー)において文学活動が盛んになり,12世紀にはリンブルフ地方に,ドイツとも密接な関係をもつフェルデケHendrik van Veldekeが,13世紀にはフランドル地方に,教訓的な著作で名高く,言語の面でも後に大きな影響を及ぼすマールラントJacob van Maerlant(1221ころ-1300ころ)らの詩人や作家が現れる。マールラントに見られるように,当時の書き言葉は,単一の方言によるものではなく,種々の方言の諸要素から成り立つものであった。14世紀の後半からは,政治・文化の主導権はブルッヘ(ブリュージュ)やヘントを中心とするフランドル地方から,ブリュッセル,アントワープを中心とするブラバント地方へと移行し,それに伴い,文学活動の中心もブラバント地方へと移ることになった。このようにして,ブラバント方言は諸方言の中で優位を占め,後のオランダ文語に大きな影響を与えることとなる。
中世オランダ語のおもな特徴としては次のようなものをあげることができる。(a)短母音が開音節(母音で終わる音節)において長母音になる。(b)語末音節およびアクセントのない接頭辞の母音があいまい母音[ə]に弱化する。これは後に格語尾の区別の消失などを起こす原因となる。(c)無声子音f,sが語頭・語中において有声子音v,zになる。(d)有声子音が語尾において無声子音になる。(e)al,olが子音d,tの前でouになる(例えば,オランダ語houden,ドイツ語halten,英語hold)。また語彙の面では,フランス語が騎士文学の翻訳などを通じ,社会生活の多くの分野でますます大きな影響を与えるようになった。
(3)16世紀の中ごろ,旧教を保護する政策をとるスペイン王フェリペ2世によるネーデルラント支配が始まると,オランダ独立戦争(八十年戦争)が起き,南部はスペインの支配に下ったが,カルバン主義の根強い北部諸州は1581年独立を宣言する。ここで,ネーデルラントの北部と南部は分離し,政治・文化の中心は北部に移り,南部のオランダ語は北部とは別の道を歩むことになった。今日のベルギー北部を中心に行われるこの南部のオランダ語はフラマン語とも呼ばれる。
独立後の北部は,政治・経済の隆盛と並んで文化的にも黄金時代を迎え,言語の面では劇作家J.フォンデルなどの用いたアムステルダムを中心とするホラント方言が優位を占めたが,北部の文語は,自由を求めて南部から北部に移住した多くの詩人や作家により,南部方言の影響を強く受けたものであった。このホラント方言を基礎とする文語は17世紀から18世紀にかけて他の地方にも広まり,近代オランダ語を確立していくが,この文語の地域的拡大と固定にはプロテスタントによる《欽定訳聖書》(1637)が非常に大きな貢献をした。また,この時代には,数多くの文法家が文法や正書法の研究に努めたが,正書法の統一は困難であった。19世紀の初め,シーヘンベークMatthijs Siegenbeek(1774-1854)は政府の依頼により,正書法の規則を定めたが,この正書法が長い間存続することになった。その後,1865年から翌年にかけてド・フリースMatthias de Vries(1820-92)とテ・ウィンケルLammert Allard te Winkel(1806-68)によって新しい正書法の規則が定められ,教育の場にも導入されたが,後の若干の修正とともに政府によって公式に採用されるのは1947年になってからであった。
近代オランダ語のおもな特徴としては次のようなものがある。音韻の面では,(a)中世オランダ語の長母音[iː][yː]がそれぞれ二重母音[ɛi][œy](正書法ではそれぞれij,ui)になる。(b)語尾のあいまい母音[ə]が脱落する。また,文法の面では,(a)現代語において,男性名詞と女性名詞の区別は実際上失われ,それらの名詞を代名詞hij〈彼〉,zij〈彼女〉のどちらで受けるかという点に関してのみ2者の区別を残すことになった。(b)同様に,名詞の格変化は,若干の成句や文語的な文体などを除いて,失われる。また語彙の面では,フランス語と並んでドイツ語,英語による影響を受けている。
なお,周知のように日本語の語彙の中には,近代オランダ語から借入された外来語が多数あり,それはいわゆる蘭学を通じてかなり古くから取り入れられてきている。例えば,オルゴールorgel,ブリキblik,ポンプpomp,ズックdoekなどであり,これらは今日では特に意識されることなく,日本語の中で普通に用いられている。
近代になってオランダ語から発達したものとして,アフリカーンス語Afrikaansが存在する。アフリカーンス語は,南アフリカ共和国における,英語に次ぐ公用語であり,トランスバール州,オレンジ自由州を中心に400万人(1977)により使用されている。アフリカーンス語は,1652年喜望峰に設けられた植民地に移住したオランダ人のもたらしたオランダ語が,現地における種々の言語の影響によって混合語的に独自の発展をすることによって成立した言語であり,特に文法の面では次のような大幅な簡略化によって特徴づけられている。(1)名詞の性の区別や格変化が失われる。(2)動詞の人称・数による活用が失われる。(3)動詞の過去形が若干の例外を除き消失し,過去に関する事柄は完了形によって表される。また,音韻の面では,(1)子音群nsの前の母音は鼻母音となる。(2)母音間でgが脱落する。語彙はそのほとんどがオランダ語起源のものであり,オランダ語と大差はない。
執筆者:斎藤 治之
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
オランダ、ベルギー、スリナム(南米)、オランダの自治領アンティル諸島(カリブ海)の公用語。言語人口は合計で約2000万人。EU(ヨーロッパ連合)の公用語の一つにも採用されている。言語学的には、ドイツ語の一方言といえる。またドイツ語、英語、フリジア(フリースラント)語とともに、インド・ヨーロッパ語族の西ゲルマン語派に分類される。
古オランダ語は、オランダ語というよりも、古低フランク語、古ザクセン語として、ゲルマン諸語全体のなかの部族語として扱われることが多い。その最古の文献はカロリング朝時代(751~911)のもので、ラテン語の法律につけた注釈である。中期オランダ語はほぼ1200~1600年のものである。今日のオランダ語の基礎をつくったのは、1619~37年に行われた聖書の翻訳(国定訳聖書Staten-Bijbel)で、これ以後を新オランダ語として分類する。第二次世界大戦後、大幅な国語改革が行われ、綴(つづ)り字が簡略化され、文法も現実に即したものになった。現在の標準語はABN(アーベーエヌ)(Algemeen Beschaafd Nederlands)とよばれ、これにもっとも近いのは、オランダ北部の都市ハールレムの言語だといわれる。
音韻は、第二次子音推移を経ていないので、英語に近い。文法は、名詞に二つの性、動詞の人称変化、形容詞の変化など、他のヨーロッパ諸語と同様の特徴を示す。変化のタイプは少なく、ドイツ語ほど複雑な規則はない。接続法(仮定法)の表現にも、動詞の特別な変化形を必要としない。語彙(ごい)は、文章語と日常会話語の差が大きい。全体には、たとえば、Het huis heeft een rood dak en een rode muur.(その家は赤い屋根と赤い壁をもっている)のように、ドイツ語によく似た印象を与える。
方言が多く、ベルギー北部のフラマン語はその大方言として有名である。また南部アフリカの大言語で、南アフリカ共和国の公用語であるアフリカーンス語はこの言語から派生したので、オランダ語の一方言として扱われることもある。
独自の文学をもち、17世紀の詩人フォンデルは、この言語を豊かにした点において、シェークスピアに匹敵する業績をあげた。オランダ語で書かれた文献でもっとも知られているのは『アンネの日記』であろう。
オランダは、江戸時代、長崎で通商をしていたため、オランダ語から日本語に多くの語が入った。そのなかには、今日でも使われているものがある。たとえば、ズックdoek、タラップtrapなどである。酸素(zuurstof=zuur「酸っぱい」+stof「元素」)のように、一見、純粋な日本語、漢語のように思えるものも、オランダ語からの翻訳であることがある。
また、オランダがインドネシアを約350年間にわたり植民地として支配したため、オランダ語はインドネシア語に少なからぬ影響を与えた。
[桜井 隆]
『朝倉純孝著『オランダ語四週間』(1975・大学書林)』▽『斎藤静著『日本語に及ぼしたオランダ語の影響』(1994・篠崎書林)』▽『B・C・ドナルドソン著、石川光庸・河崎靖訳『オランダ語誌 小さな国の大きな言語への旅』(1999・現代書館)』
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…正式名称=ネーデルラント王国Koninkrijk der Nederlanden,Kingdom of the Netherlands面積=4万0844km2人口(1995)=1545万人首都=アムステルダムAmsterdam(日本との時差=-8時間)主要言語=オランダ語通貨=グルデンGulden(英語でギルダーGuilder)ヨーロッパの北西部にある立憲君主国。日本の九州にほぼ等しい面積の小国で,人口密度は世界屈指の高さである。…
…ベルギー王国の北半分で話されるオランダ語の通称。ベルギーにおけるフランス語と並ぶ公用語であり,約550万人(1977)により使用される。…
…正式名称=ベルギー王国Koninkrijk België∥Royaume de Belgique∥Kingdom of Belgium面積=3万0528km2人口(1996)=1018万人首都=ブリュッセルBruxelles(日本との時差=-8時間)主要言語=フラマン語(オランダ語),ワロン語(フランス語)通貨=ベルギー・フランBelgian francヨーロッパ北西部にある立憲君主国。北はオランダ,東はドイツ,南東はルクセンブルク,南はフランスと境を接し,西は北海に面して65.5kmの海岸線を形づくりイギリスに対する。…
※「オランダ語」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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