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オリビエ Olivier, Laurence (Kerr), Baron Olivier of Brighton

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

オリビエ
Olivier, Laurence (Kerr), Baron Olivier of Brighton

[生]1907.5.22. サリー,ドーキング
[没]1989.7.11. ウェストサセックス
イギリスの俳優。 1926~28年バーミンガム・レパートリー劇場に所属。 35年ニュー・シアターで J.ギールグッドと交互出演した『ロミオとジュリエット』のロミオとマーキューシオの2役で注目された。 37年オールド・ビック劇場に加わり,『ハムレット』 (1937) をはじめ,『マクベス』や『オセロ』のイアーゴーなどで,シェークスピア俳優としての名声を確立。 44~49年オールド・ビック劇場の共同監督。 55年シェークスピア記念劇場 (現ロイヤル・シェークスピア劇場) で『タイタス・アンドロニカス』の注目すべき復活上演を行なったほか,『ペール・ギュント』 (45) ,『オイディプス王』 (45) ,シェリダンの『悪口学校』 (48) ,C.フライの『観測されたビーナス』 (50) などですぐれた演技を見せた。 62~65年チチェスター演劇祭の監督をつとめ,また 62年ナショナル・シアターの設立に伴い監督に就任し,第1回公演の『ハムレット』 (63) を演出,また 64年初めてオセロを演じて大きな反響を呼んだ。多くの映画にも出演しているが,彼が制作・主演した『ハムレット』 (1948年アカデミー作品賞・主演男優賞受賞) をはじめ,『ヘンリー5世』『リチャード3世』『オセロ』のシェークスピア作品は特に有名。2番目の妻は V.リー。 47年ナイトの称号を受け,70年俳優として初めて一代貴族 life peerを許されてブライトン男爵となり,81年名誉勲爵士に叙せられた。

オリビエ
Ollivier(Olivier), Émile

[生]1825.7.2. マルセイユ
[没]1913.8.20. オートサボア,サンジェルベレバン
第二帝政末期のフランスの政治家。 1857年共和派議員となり,ナポレオン3世に接近。「第三党」の指導者から 70年1月首相に就任,ただちに「1870年憲法」を提案し,国民投票によって承認された。この憲法は帝政のもとで議会制を確立しようとするものであった (→議会帝政 ) 。次いで同年7月プロシアに宣戦布告し,普仏戦争が勃発,フランス軍は各地で撃退され,同年8月首相を辞任した。救援におもむいたナポレオン3世も同年9月スダンで包囲されたうえ捕虜となり,第二帝政は崩壊した。主著『自由帝国』L'Empire libéral (1895~1912) 。

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デジタル大辞泉の解説

オリビエ(Laurence Olivier)

[1907~1989]英国の俳優・演出家。シェークスピア劇で名声を得た。映画「ハムレット」「リチャード三世」などを主演・監督。

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百科事典マイペディアの解説

オリビエ

英国の俳優,演出家。1922年初舞台,1937年以降オールド・ビック座のシェークスピア劇で活躍。アメリカ映画《嵐が丘》(1939年)等に出演。監督・主演の《ハムレット》(1948年)などシェークスピアものにも新しいスタイルを示す。
→関連項目ウォルトンオトゥール三文オペラシモンズ

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世界大百科事典 第2版の解説

オリビエ【Laurence Kerr Olivier】

1907‐89
イギリスの俳優,演出家。1920年代後半にバーミンガム・レパートリー劇団で修業した後ロンドンに出,ロミオ,ハムレットなどシェークスピア劇の役によって名声を得た。その後シェークスピアはもとより,王政復古期から現代に至るイギリス劇,ソフォクレスからイヨネスコに至る外国劇など,ほとんどあらゆる時代とジャンルの劇に出演し,知性と感性を兼ね備えた現代最高の名優とうたわれるにいたった。1963年,イギリスのナショナル・シアターの初代芸術監督となり,演出と出演の両方に活躍,この劇団の基礎を固めた。

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大辞林 第三版の解説

オリビエ【Laurence Olivier】

1907~1989) イギリスの俳優・演出家。シェークスピア役者として当代の第一人者であるとともに、古今のあらゆるジャンルの演劇に出演。また、映画にも数多く出演して世界的名声を得る。

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世界大百科事典内のオリビエの言及

【ナショナル・シアター】より

…その後,2度の大戦による建設計画の中断を経て,1951年にロンドンのテムズ川南岸の場所に建築することが決められた。場所はその後ウォータールー橋の東に最終的に確定し,他方,L.K.オリビエを芸術監督とする劇団が組織され,63年,オールド・ビックを仮の本拠として公演を始めた。オリビエは73年にP.R.F.ホールに責任者の地位を譲った。…

【モンロー】より

…その実像は,劇作家アーサー・ミラー(モンローのために《荒馬と女》の脚本を書いた)に対する〈尊敬を恋愛と誤認〉し,ユダヤ教に改宗までして結婚したほど〈芸術と知性に対する英雄崇拝〉を抱いている純情な女であったともいわれる。また,〈マリリン・モンロー・プロ〉の《王子と踊る》(1957)の監督と共演を引き受けたローレンス・オリビエは,〈モンローこそは誇大宣伝とセンセーショナリズムの完全な犠牲者である〉と語っている。モンローの死は,同じ62年に死亡したノーベル文学賞作家ウィリアム・フォークナーの死よりも大きくアメリカの新聞で扱われ,イタリアでは法王庁の機関紙から共産党の機関紙まで〈肉体女優〉の死の原因を論じ,ソビエトの政府機関紙《イズベスチヤ》は〈ハリウッドがモンローを生み,そのハリウッドがモンローを殺した〉と論じた。…

※「オリビエ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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