日本大百科全書(ニッポニカ) 「カモシカ」の意味・わかりやすい解説
カモシカ
かもしか / 氈鹿
serow
哺乳(ほにゅう)綱偶蹄(ぐうてい)目ウシ科カモシカ属に含まれる動物の総称。日本では羚羊と書いてもカモシカと読ませているが、羚羊はアフリカなどにいるレイヨウ、英名アンテロープantelopeをさす。一方、本来のカモシカは英名をシーローserowというが、日本ではしばしばこの両者を混同しているのではっきり区別したい。カモシカ属Capricornisはゴーラル、シャモア、シロイワヤギなどに近縁で、ヒマラヤからカシミール、中国南部、ミャンマー(ビルマ)、マレー半島および台湾、日本に分布し、ニホンカモシカC. crispus、タイワンカモシカC. swinhoei、タテガミカモシカC. sumatraensisの3種がある。
[北原正宣]
形態
体は頑丈で雌雄ほぼ同大。角(つの)は黒く雌雄にあり、頭骨の先端を下にして顔面を垂直に立て、正面よりみると顔とほぼ同じ面を上に伸びるが、先端に進むにつれて後方に緩く曲がる。形は円筒形で、基部は太く多数の明瞭(めいりょう)な輪状の隆起がある。鼻鏡は露出し、目の下によく発達した眼下腺(がんかせん)と、ひづめの間に蹄間腺(ていかんせん)がある。ひづめは幅広く岩場の生活に適する。日本にはニホンカモシカが本州、四国、九州の山岳地帯に分布する。頭胴長100~120センチメートル、肩高68~72センチメートル、体重約20キログラム、耳と尾は短い。被毛は10センチメートルと長く羊毛状で密生する。体色は暗褐色の個体が多いが、黒色から白色まで同一産地でも変異が多く、また地方により色が異なるが、一般に温暖な地方のものほど暗色である。頸(くび)にたてがみ状の長毛はない。台湾特産のタイワンカモシカは台湾の山岳地帯に生息する。頭胴長70~80センチメートル、肩高50~60センチメートルで、ニホンカモシカよりやや小形である。被毛は短くあごとのどが赤褐色、胸と腹に白斑(はくはん)がある。四肢は栗(くり)色で前面に黒線がある。耳は長い。タテガミカモシカ(英名maned serow)、別名スマトラカモシカはスマトラ島から北はヒマラヤ、中国南部の低地にかけて分布し、多くの亜種がある。頭胴長130~180センチメートル、肩高97~105センチメートル、体重70キログラム前後でニホンカモシカより大きく、被毛が薄くて粗い。頸から背にかけて長いたてがみがあり、耳は長い。体色は灰黒色から赤褐色まで変異が多い。
[北原正宣]
生態
ニホンカモシカは岩場の多い山岳地帯を中心に一定の縄張りをつくり、特定の巣はもたず、岩場などで眠る。敵に追われると、それらが近づけない険しい場所に逃げ込む。人を恐れず性質は温和である。交尾期は10月中旬から11月ごろ、翌年4~6月に普通1子を産む。子は生後すぐに歩き、母親と約1年いっしょにいる。北アルプスでは標高1200~1500メートルに多くみられるが、北上するにつれ生息域が低くなり、青森県下北(しもきた)半島では海岸線にも生息する。この生息地域内にはかならず落葉樹と針葉樹があり、それらが入り組んで森林を構成する所で、その森林を使い分けて生活する。積雪期には雪崩(なだれ)のおこらない落葉樹の尾根筋を採食場として落葉樹の小枝や冬芽を食べ、無雪期には柔らかな草本類が多い沢筋を採食場とする。針葉樹は岩場や急峻(きゅうしゅん)な地形に多く生育するため、それらの林をねぐらや休息場として一年中使用する。1日の行動は単純で、早朝ねぐらより出て、採食しながら10時ごろ見晴らしがよく敵が近づきにくい地点に至り、そこで時間をかけて日中の反芻(はんすう)を行う。午後はふたたび採食に入り、夕方ねぐら場に至る。夜間もねぐら周辺で多少行動する。これらの行動中に、直径5センチメートルぐらいの立ち木で角(つの)研ぎを、また食べたあとの小枝の先、直径5ミリメートル前後のところに眼下腺をこすり付けマーキングをする。広い分布域をもつタテガミカモシカは標高3000~4000メートルの峡谷にすみ、湿度の高い森林や竹やぶの小枝や葉を食べる。熱帯のスマトラ島では丘陵地帯にすむが、そこには険しい岩場や水場、森林などがかならずある。タイワンカモシカも同様な環境にすむが、山麓(さんろく)から標高3500メートルにみられる。
ニホンカモシカはアオシシ、クラシシ、ニクなどとよばれ、かつては山地に普通にいたことがうかがわれる。しかし毛皮とカツオ漁業用の擬餌鉤(ぎじばり)に適した角のため乱獲され、一時生息数が激減した。しかし1955年(昭和30)2月に日本特産種として特別天然記念物に指定保護されて以来増加し始めた。四国では従来カモシカの手掛りがなく、すでに絶滅したものといわれていたが、近年になって山中でその姿が確認され、少数ではあるが生息が判明した。本州では1965年以後ニホンカモシカによる植林木に対する食害が目だち始め、1980年岐阜県小坂(おさか)町(現、下呂(げろ)市小坂町)をはじめとし、長野、青森、岩手の林業県が麻酔銃による捕獲対策を打ち出した。しかしカモシカは飛び石的分布域に生息するいわゆる地理的な遺存種(レリック)で、生きた化石的動物といえ、高山という特殊な環境に適しているため、急激な環境変化には対応できないと思われるので、早急な対応策が必要である。
[北原正宣]
民俗
カモシカは日本の重要な狩猟獣の1種で、肉を食べる獣の意味から、ニクあるいはシシとよぶ地方が多い。『日本書紀』皇極天皇(こうぎょくてんのう)2年の条に、「たげて通らせ氈鹿(かましし)の老翁(おじ)」と、山の岩場を通るカモシカの姿を老人に例えた歌がみえているが、カモシカはクマやイヌも行けないような岩場にも立つため、ひづめが岩に吸い付くといわれる。『本朝食鑑(ほんちょうしょっかん)』など江戸時代の文献には、カモシカは断崖の岩にも立ち、木の枝に角(つの)をかけて地面に足をつけずに休むともある。秋田県の狩猟民またぎの間では、ていねいなカモシカの狩猟儀礼が行われた。皮をはぐ供養と、内臓を串(くし)に刺して山の神に供える儀礼で、村によってはクマの場合よりも丁重に行ったという。肉は一般に珍重され、長野県では、落ち葉のころの肉は木の薫りがするといって「木の葉肉」とよび、食べると体が温まり、子供の寝小便にも効くと伝える。また、秋田県では小腸(よどみ)は珍味とされ、これを干したものは腹痛に効き、溶かしてつけると腫(は)れ物もすぐに治るという。
10頭に1頭ぐらいの割でみつかる飴(あめ)色の角は、カツオ釣りの擬蝕鉤に用いるので、高い値で売られた。また、メスの腹に双子が入っているとかならず珠(たま)がいっしょに入っているといわれ、カモシカの珠と称して直径6分(約1.82センチメートル)ぐらいの玉を魔除(まよ)けとして伝えていた家もあった。
[小島瓔]