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カリエール カリエールCarrière, Eugène

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

カリエール
Carrière, Eugène

[生]1849.1.17. グルネイ
[没]1906.3.27. パリ
フランスの画家,彫刻家。 1870年パリのエコール・デ・ボザールに学び,のち A.カバネルに師事。 76年サロンに『若い母親』 (1873,アビニョン美術館) を出品以来,妻や子供たちをモデルにした家庭の情景などを慈愛に満ちた画風で描く。 76年ローマ大賞受賞。ルーベンスベラスケスの影響による初期の濃厚な色彩が,90年頃より淡い灰色の調子に変化し,『母性愛』『接吻』『思想』などの代表作は朦朧とした明暗とやわらかな肉づけによって描かれている。肖像画も多く描き,友人の作家 A.ドーデ,A.フランスベルレーヌの肖像などはロダンに影響を与えた。

カリエール
Carrière, Moritz

[生]1817
[没]1895
ドイツの哲学者,美学者。 1853年ミュンヘン大学教授。フィヒテとヘーゲルの影響を受けた。主著"Ästhetik" (1859) ,"Gesammelte Schriften" (14巻,86~93) 。

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デジタル大辞泉の解説

カリエール(Eugène Carrière)

[1849~1906]フランスの画家。女性像、特に母性愛をテーマとする作品が多く、単色の夢幻的な美しさを特徴とする。代表作「母性」「接吻(せっぷん)」など。

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百科事典マイペディアの解説

カリエール

フランスの画家。グルネー生れ。当時隆盛の印象派,後期印象派に同調せず,灰色や褐色の暗い色彩を用いて母子像など家庭的情感にあふれる画面を構成した。親しみやすい画風のゆえに,世紀末ナビ派とともに〈アンティミストIntimiste(親密派)〉と呼ばれることもある。

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世界大百科事典 第2版の解説

カリエール【Eugène Carrière】

1849‐1906
フランスの画家。セーヌ・サン・ドニ県のグルネーに生まれ,パリで没。石版画家として出発したが,やがてA.カバネルの弟子となり,1879年のサロン(官展)に初入選。肖像画や家庭のだんらん図,とりわけ母子図を得意とし,その灰と茶を基調色としたモノクロームの薄暗い画面では,人物と周囲の境界はあいまいになる。神秘的ともいえる〈内的な光〉に満ち,夢と現実がとけあった画面により,19世紀後半のフランスの象徴主義絵画を代表する一人となっている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

カリエール
かりえーる
Eugne Carrire
(1849―1906)

フランスの画家。グールネに生まれる。1870年パリに出てカバネル、ついでジュール・シェレに学ぶ。77~78年ロンドン滞在。79年サロンに『母子』を出品、その後も母と子、病気の子などの家庭的情景を描き好評を得た。柔軟な色調と明暗の探求から、しだいにセピア、銀灰色などのほとんど単色の霧のような画面、いわゆる「霧の芸術(アール・ブリュモー)」を生み、そのためしばしば印象主義周辺の画家の一人とされるが、むしろその夢幻性、心霊表現風の雰囲気は象徴主義と考えるべきである。事実、カフェ・ボルピニの象徴派の会合にも参加している。自由美学展にも参加。1904年にはサロン・ドートンヌの初代会長に就任。[中山公男]

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