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カロザース カロザース Carothers, Wallace Hume

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

カロザース
カロザース
Carothers, Wallace Hume

[生]1896.4.27. アイオワバーリントン
[没]1937.4.29. フィラデルフィア
アメリカの化学者。イリノイ大学で学位取得,同大学とハーバード大学有機化学を教えた。 1928年デュポン社の有機化学研究所の所長に就任し,重合体を研究して合成ゴムネオプレン (1931) ,ポリアミドナイロン 66 (35) を発明した。

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デジタル大辞泉の解説

カロザース(Wallace Hume Carothers)

[1896~1937]米国の化学者。高分子重合を研究し、1931年に合成ゴムネオプレン、1937年にナイロンを発明。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

カロザース Carrothers, Julia

?-? アメリカの宣教師。
明治2年(1869)長老派教会宣教師の夫C.カロザースとともに来日。翌年,東京築地居留地に女子学院の前身のひとつA6番女学校を創立した。9年夫の広島英語学校赴任により学校を閉鎖し,のち帰国。

カロザース Carrothers, Christopher

1840-? アメリカの宣教師。
明治2年(1869)アメリカ長老派教会から派遣され,夫人とともに来日。東京築地の居留地で伝道し,英語私塾をひらく。7年東京第一長老教会を設立。のち宣教師を辞し,文部省のお雇い教師となり,広島英語学校などで教鞭をとる。11年帰国したが,翌年再来日し,二高などでおしえ,29年帰国。カロゾルスともよむ。

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朝日日本歴史人物事典の解説

カロザース

没年:没年不詳(没年不詳)
生年:1840
明治期のアメリカ長老派の宣教師。明治2(1869)年に夫人のJ.カロザースと共に来日。新設の築地居留地で伝道,英語私塾を開き教育活動を展開。同7年には築地大学校とし,原胤昭,田村直臣らに授洗して東京第一長老教会を組織する。厳格な長老主義を主張し,同僚のD.タムソンらが支持する公会主義を批判,アメリカの長老派伝道局の支持を得るが,協調性の著しい欠如などから同9年にミッションを辞任。御雇い外国人教師となって大阪英語学校,静岡中学校,秋田師範学校,二高などを転々とする。二高時代の同29年紀元節の日,天皇の御真影に対する敬礼を拒否する「カロゾルス不敬事件」を起こした。同年に最終帰国。ワシントン州ポートスタンレーの農場で孤独な晩年を送り,また,ユニテリアン的な信仰に傾斜した。

(小檜山ルイ)

カロザース

生年:生没年不詳
明治期のアメリカ長老派の宣教師。夫C.カロザースに同伴し,明治2(1869)年に来日。同5年に築地居留地の自宅で始めた女子教育事業(A6番女学校)が女子学院の一源流となる。その後,ミッション内の教派主義と公会主義の対立,ニューヨークとフィラデルフィアに分立する長老派婦人伝道局間の不和,夫の非協調性などから,独身婦人宣教師らと協力できず,隣地に同じミッションに所属する独身婦人宣教師によってB6番女学校が別に設立され,競合と混乱に苦しんだ。同9年,夫の辞任に伴い学校を閉鎖,原女学校に一部の生徒を移し,数カ月教えたのち,夫の任地広島に赴くも帰国。裕福な実家に戻り,夫と実質的に離婚し,世界各地を旅行して歩いた。同34年ごろに観光で再来日。著書に《The Sunrise Kingdom》などがある。<参考文献>小檜山ルイ『アメリカ婦人宣教師』

(小檜山ルイ)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

カロザース
かろざーす
Wallace Hume Carothers
(1896―1937)

アメリカの化学者。ナイロンの発明者として有名。アイオワ州バーリントンに生まれる。商業高校教員を父にもち、薄給による貧しい生活をしつつ苦労しながらターキオ大学とイリノイ大学を卒業した。両大学を選んだのも学費のための収入を保証されたことが条件であった。イリノイ大学では接触還元の研究で1924年に学位をとり、同大学で講師の口を得、のちにハーバード大学の講師となった。1928年、デュポン社が基礎研究部門を拡充するにあたり、請われてその部長の職についた。そのとき32歳であった。以降10年近くの研究が発展をみせ、企業がその恩恵によって躍進を遂げている最中に、その職についたまま41歳で自ら命を絶った。それは企業活動の荒々しさを示す一つのしるしであったし、また、科学者が研究に自主性を貫くことを許さない、企業というものの性格について、見通しの甘かったことからおこった不幸な例でもあった。
 科学思想の面では、ラングミュアやルイスの電子理論を有機化学の分野に応用する、というはっきりとした目的意識をもっていた。このことが、彼の研究を、新しい領域であるにもかかわらず成功に導いた要因であった。デュポン社の基礎研究所には高分子化合物の合成というテーマをもって就職した。そこで初めに成功した合成物質がクロロプレンゴム(1929)である。当時合成ゴムは、軍需物資としての緊急性があるとして強く求められており、天然ゴムのイソプレン、イー・ゲー・ファルベン社のブタジエンを手本に構造が設計された。完成した合成ゴムはデュプレンと名づけられた。次の成功はポリアミドの合成(1934)である。設計はエステル類をモデルにし、酸とアルコールの縮合に目標が置かれた。さらに数多くの原料物質が試みられ、多くの重合研究が繰り返された結果、アジピン酸とヘキサメチレンジアミンから目的物が得られた。それがナイロンである。[川又淳司]

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