ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「クリステンセン」の意味・わかりやすい解説
クリステンセン
Christensen, Inger
[没]2009.1.2. コペンハーゲン
デンマークの詩人。洗練された作風でことばと想像と現実の融合を探求した。デンマークのユラン半島沿岸部で仕立屋の娘として生まれ,1954年にバイレのギムナジウムを卒業後,オールフスの教育大学に進む。在学中から詩を発表し始め,詩人で批評家のパオロ・バウムに師事(バウムとは 1959年に結婚,1976年離婚)。1963~64年にホルベクの芸術大学で教壇に立ったのちは執筆活動に専念。初期の詩集に『光』Lys(1962)と『草』Grœs(1963)がある。長編詩『それ』Det(1969)で国際的な評価を得た。『アルファベット』Alfabet(1981)ではフィボナッチの数列を詩の形式に用いた。最後の詩集『蝶の谷』Sommerfugledalen(1991)は死と変容をテーマにしたソネットの連作。小説や随筆,児童文学,ラジオドラマの台本なども手がけ,その作品は多くの言語に翻訳された。
クリステンセン
Christensen, Willam
[没]2001.10.14. ユタ,ソルトレークシティー
アメリカの舞踊家,振付師。本名 William Farr Christensen。 M.フォーキンらに学ぶ。弟のハロルド (→クリステンセン ) ,ルー (→クリステンセン ) とともに軽喜劇などをアメリカ各地で巡演したのち,1937年サンフランシスコ・オペラ座に参加 (1938~58年振付師) ,同時にサンフランシスコ・バレエ団を組織。 51年ユタ大学の舞踊教師になりユタ・バレエ団 (のちにバレエ・ウェストと改称) を結成した。
クリステンセン
Kristensen, Tom
[没]1974
デンマークの詩人,小説家,評論家。 E.ベンネリケらとともに第1次世界大戦後の「出発点から挫折した詩人」の代表者。大胆な実験的詩風で,新しい世代の指導者として立った。詩集に『海賊の夢』 Fribytterdrømme (1920) ,『奇跡』 Mirakler (22) ,『くじゃくの羽』 Påfuglefjeren (22) など。小説『荒廃』 Hærværk (30) はこの時代の最も鋭い報告とみられ,すでに古典の地位を獲得している。シラー,D.H.ロレンス,ドライサー,レマルクの翻訳もある。
クリステンセン
Christensen, Lew
[没]1984.10.9. カリフォルニア
アメリカの舞踊家,振付師。 W.クリステンセン,H.クリステンセンの弟。アメリカン・バレエ・スクールに学び,バレエ・キャラバン,バレエ・ソサエティなどで踊った。振付師としても『コン・アモーレ』 (1953) など 50余の作品がある。 1952年からサンフランシスコ・バレエ団の監督として活躍した。
クリステンセン
Christensen, Harold
[没]1989.2.20. カリフォルニア
アメリカの舞踊家,振付師。 W.クリステンセンの弟。 G.バランシンに学び,バレエ・キャラバンなどで踊ったのち,1941年からサンフランシスコ・バレエ団に参加。 46~75年同団の学校長をつとめた。
クリステンセン
Christensen, Jens Christian
[没]1930
デンマークの政治家。自由党左派の国会議員。 J.ドウンツェル内閣の閣僚をつとめ,1903年同内閣が税制改革を断行した2年後首相に就任した。
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