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クリーブランド Cleaveland, Moses

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

クリーブランド
Cleaveland, Moses

[生]1754.1.29. コネティカット,カンタベリー
[没]1806.9.16.
アメリカの法律家。独立革命軍に参加したのち,コネティカット土地会社の理事として会社の土地購入,西部開発に従事した。 1796年オハイオ州クリーブランド市の基となる入植地を建設した。

クリーブランド
Cleveland, (Stephen) Grover

[生]1837.3.18. ニュージャージー,コールドウェル
[没]1908.6.24. ニュージャージー,プリンストン
アメリカの政治家。第 22,24代大統領 (在任 1885~89,93~97) 。民主党に属し 81年バッファロー市長,83年ニューヨーク州知事に就任。南北戦争以来 23年間政権の座を維持してきた共和党の抗争に助けられ,共和党改革派からも支持されて 84年の選挙に当選。ニューヨーク州知事時代は改革派として知られたが,経済思想は保守的で,再建期から続いた実業家と二大政党の保守派との癒着による「金権政治」を存続させた。 87年の「州際通商法」で鉄道運賃の規制をはかったが,保護関税の低下には失敗し,88年の選挙では共和党の B.ハリソンに敗れた。この「金権政治の時代」に農民たちは,不満を組織化し人民党運動を展開,92年の大統領選挙に独自の候補を立てて争ったが,クリーブランドはかろうじて当選した。 93年恐慌がアメリカ経済を襲い難局に直面したとき,彼はシャーマン銀購買法の廃止その他の政策を打出したが経済の回復は進まなかった。一方ストライキや反政府抗議デモをきびしく弾圧し,特にユージン・デブズの指導するプルマン・ストライキに対しては,連邦軍を送って鎮圧するなどして,労働者の反感を買い,クリーブランドと民主党政権は世論の非難を浴びた。 96年の民主党大会では,大統領候補の再指名を受けたが,民主党内の反対派により,指名決議を拒否され,翌年引退。

クリーブランド
Cleveland

アメリカ合衆国,オハイオ州北東部の都市で,州最大の商工業都市。カイホーガ川の河口で,セントローレンス水路にのぞむ。エリー湖の南岸に位置し,水陸交通の要地でもある。かつてはインディアンとフランス人の交易の場所として栄えた。 1825年のエリー湖と大西洋を結ぶエリー運河の完成,30年のオハイオ=エリー運河の完成,さらに鉄道開通とともに木材,銅,鉄鉱石,石炭,農産物の積替え港として発展。南北戦争は市の発展のきっかけとなり,J.ロックフェラーがここにスタンダード石油会社を設立した。現在では重工業が盛んで,鉄鋼,アルミニウム,機械,自動車,航空機部品,電気器具などを生産。国際空港,クリーブランド州立大学 (前身は 1923創立のフェン・カッレジ) ,クリーブランド管弦楽団,クリーブランド美術館および全国有数の規模を誇る公立図書館などがある。人口 39万6815(2010)。

クリーブランド
Cleveland

アメリカ合衆国,テネシー州南東部,チャタヌーガの北東にある都市。 1832年インディアンのチェロキー族が退去したあとに創設。南北戦争のときに北軍のグラント将軍やシャーマン将軍がここを本営とした。現在市の経済を支えているのは,野菜,綿花コムギなどの農産物と,ガスおよび電気レンジ,家具,繊維,衣料,化学などの工業である。チェロキー国有林をひかえ,行楽地も多い。リー大学 (1918創立) がある。人口3万 354 (1990) 。

クリーブランド
Cleveland

イギリスイングランド北東部の旧県名。1974年の自治体再編で旧ダラム県と旧ヨークシャー県の各一部をもって新設。1996年に廃止され,ストックトンオンティーズハートルプールミドルズブラレッドカー・クリーブランドの 4単一自治体(ユニタリー unitary authority)に分割された。

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デジタル大辞泉の解説

クリーブランド(Cleveland)

米国オハイオ州の工業都市。エリー湖南岸にある。鉄鋼石油化学・自動車などの工業が盛ん。人口、行政区43万(2008)。

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百科事典マイペディアの解説

クリーブランド

米国,オハイオ州最大の商工業都市。エリー湖南岸の港湾都市で,鉄道の要地でもある。製鉄,製油,機械,自動車,木工品などの工業が行われる。市内には11の大学と39の公園があり〈森林の町〉と呼ばれる。
→関連項目オハイオ[州]

クリーブランド

米国の政治家。第22,24代大統領(1885年―1889年,1893年―1897年)。ニューヨーク州知事をつとめた後,南北戦争後初の民主党の大統領。内政においては金本位制の維持に努め,外交については反帝国主義の立場からハワイ併合に反対,ベネズエラ国境紛争に際してはモンロー主義を援用して対英強硬策を採った。
→関連項目民主党(米国)

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世界大百科事典 第2版の解説

クリーブランド【Cleveland】

アメリカ合衆国オハイオ州北東部の工業都市。人口49万3000(1994),大都市域人口222万(1992)。エリー湖に面し,ニューヨークとシカゴの中間にあって中西部工業地帯を代表する。市名は,この地を測量したモーゼス・クリーブランドにちなむ。五大湖水運およびオハイオ・エリー運河の便に恵まれ,近隣に石炭,鉄鉱石が存在することが,工業都市としての繁栄をもたらし,J.D.ロックフェラーやマーク・ハナなどの大実業家を生んだ。

クリーブランド【Stephen Grover Cleveland】

1837‐1908
アメリカ合衆国第22代(在職1885‐89)および第24代(1893‐97)大統領。ニューヨーク州バッファロー市長(1882‐83),ニューヨーク州知事(1883‐85)時代の市政改革,反ボス政治の姿勢を買われ1884年,南北戦争後初の民主党大統領に当選。関税問題などが災いし88年再選を阻止される。92年に再選されたが翌年恐慌に見舞われる。金本位制維持の立場から,シャーマン銀購入法を撤廃(1893)する一方,公約の関税引下げを試みたが,保護関税派の反対にあい果たせず,インフレ策を求める民主党員らの不満を買う。

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大辞林 第三版の解説

クリーブランド【Cleveland】

アメリカ合衆国、オハイオ州の都市。エリー湖南岸にある港湾都市で、鉄鋼・機械・石油・自動車などの工業が盛ん。

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