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グダニスク グダニスク Gdańsk

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

グダニスク
グダニスク
Gdańsk

ポーランド北部,ポモルスキェ県の県都。ドイツ語ではダンチヒ Danzigポーランド北部最大の都市で,産業,文化,学問の中心地。バルト海に面し,グダニスク湾に沿って延びるグディニャソポトとともに「3都市」 Trójmiastoと呼ばれる都市群を形成する。

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デジタル大辞泉の解説

グダニスク(Gdańsk)

ポーランド北部の都市。バルト海グダニスク湾に面する同国最大の貿易港。造船・化学工業などが発達。ハンザ同盟都市として繁栄、第一次大戦ドイツ領から自由市となったが、1939年ドイツが侵攻し、第二次大戦の口火を切った。戦後はポーランド領。ドイツ語名ダンチヒ。グダンスク

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百科事典マイペディアの解説

グダニスク

グダンスク

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大辞林 第三版の解説

グダニスク【Gdańsk】

ポーランド北部、バルト海に臨む港湾都市。造船・化学工業が盛ん。もとドイツ領。第一次大戦後自由都市。1939年ドイツが侵入し、第二次大戦が始まった。ドイツ語名ダンチヒ。

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(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

グダニスク
ぐだにすく
Gdask

ポーランド北部、バルト海に面する港湾都市で、ポモジェ県の県都。人口45万5500(2001)。ドイツ名ダンツィヒDanzig。市街地は、グダニスク湾に流れ込むポーランド最大の河川ビスワ川左岸の河口デルタ三角州)上に位置し、デルタには運河網が発達する。近代的な港湾施設を有し、ポーランド最大の貿易港で、石炭、セメントの積出し港。10世紀にポーランド人の町として記録が残っている。中世以来、南北ヨーロッパ貿易に重要な位置を占め、とくに13世紀にはドイツ商人の商業活動の拠点となったハンザ同盟の有力な一員として、ポーランドの外国貿易を独占し、繁栄した。
 第二次世界大戦で大半の港湾施設を破壊されたが、戦後、基幹産業の造船業をはじめ、化学、木材、食品加工、電気機械、金属加工の工業が発達している。臨海地区には大規模な石油化学コンビナートが建設された。都市成長も著しく、北のグディニア、保養都市ソポトと3市が連なってコナベーション(連接都市)を形成する。町はゴシック、後期ゴシック、後期ルネサンスの美しい町並みで知られ、高等教育機関、研究機関などもあってバルト海沿岸地方の学術文化の中心地となっている。伝統的な琥珀(こはく)工芸も有名。1980年代初頭に、労働運動から民主的改革を求める国民運動として全国に広がった自主管理労組「連帯」の発祥地としても有名である。[山本 茂]

歴史

10世紀ごろ城塞(じょうさい)や港がつくられ、10~11世紀にはグダニスク公国の中心地であったが、12世紀にポーランド王国領となった。1236年に都市法が制定され、13世紀にはハンザ同盟諸都市と交易を行った。1308年にはブランデンブルク辺境伯の攻撃を受け、援助のためドイツ騎士団が市に入るが、騎士団の策略によってポーランドの騎士と市民が殺され、市と東ポモジェ(東ポメラニア)は騎士団の支配下に置かれた。しかし十三年戦争(1454~66)でカジミェシュ4世が騎士団を破り、トルニの和約(1466)によって市はポーランドに復帰した。その後、同国の要港として繁栄し、18世紀中ごろには東ヨーロッパ最大の都市に成長したが、第二次ポーランド分割(1793)でプロイセン領となった。1807年からは、ティルジット条約によってフランスに従属する自由市とされたが、1815年にふたたびプロイセン領となった。19世紀を通じて大きな発展はみられず、バルト海貿易の中心地としての地位を失ったが、19世紀後半には造船業が発達した。
 第一次世界大戦後はベルサイユ条約によって自由市の地位を復活し、ポーランドは市の港湾、鉄道施設の使用権などを得たが、ドイツ系人口が90%以上を占め、ナチス党の台頭に悩まされた。1938年ヒトラーは市のドイツ併合を要求し、拒否されると、39年9月1日ドイツ軍が侵入し、第二次世界大戦の口火を切った。45年3月ソ連軍によって解放され、同年8月ポーランドに復帰した。戦闘によって市の50%が破壊されたが、戦後、大貿易港として復興した。[安部一郎]

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世界大百科事典内のグダニスクの言及

【グダンスク】より

…人口46万3100(1995)。グダニスクとも呼び,ドイツ名はダンチヒDanzig。市街地はグダンスク湾に注ぐビスワ川左岸の河口デルタに発達している。…

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