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グリューネワルト グリューネワルト Grünewald, Matthias

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

グリューネワルト
グリューネワルト
Grünewald, Matthias

[生]1480頃.ウュルツブルク
[没]1528.8. ハレ
ドイツの画家。本名 Mathis Gothardt。『イーゼンハイムの祭壇画』 (1515,コルマール,ウンターリンデン美術館) の制作者として著名。青年時代は不明だが 1485~90年にはアシャフェンブルクで活躍していたと推定されている。

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デジタル大辞泉の解説

グリューネワルト(Matthias Grünewald)

[1470ころ~1528]ドイツの画家。ゴシックの伝統とルネサンスの新要素とが拮抗(きっこう)する、表現主義的な画風で知られる。作「イーゼンハイム祭壇画」など。グリューネバルト。

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百科事典マイペディアの解説

グリューネワルト

ドイツ・ルネサンス期の画家。本名マティ(ア)ス・ゴタールト・ニタールトMathi(a)s Gothardt Nithardt。初期の活動は不詳。1508年以後マインツ大司教の宮廷画家として活躍したが,ドイツ農民戦争の際,ゼーリゲンシュタットで革命側に荷担して敗北,1526年フランクフルトに亡命,翌年ハレで没。
→関連項目祭壇ヒンデミット

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世界大百科事典 第2版の解説

グリューネワルト【Matthias Grünewald】

1472‐1528
デューラークラーナハとともにドイツ・ルネサンスを代表する画家。〈グリューネワルト〉という名は17世紀の画家兼伝記作者のザンドラルトが与えたもので,本名はマティス(マティアス)・ゴタールト・ニタールトMathis(Matthias) Gothart Nithart。生年は1450‐80年ころにかけて諸説あり,没年は一般にはデューラーと同じ1528年と考えられるが,それより数年後とする説もある。生地もアシャッフェンブルク説,ビュルツブルク説などがあり,生涯については不明の点が多い。

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大辞林 第三版の解説

グリューネワルト【Matthias Grünewald】

1470頃~1528) ドイツ-ルネサンスの代表的画家。画風はゴシックの伝統とルネサンスの要素をあわせもつ。代表作「イーゼンハイム祭壇画」

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

グリューネワルト
ぐりゅーねわると
Grnewald
(1475ころ―1528)

ドイツの画家。伝記的事実については不明な点が多く、グリューネワルトという名も、画家で美術史家のザントラルトJoachim von Sandrart(1606―88)によって誤伝されたもので、今日ではこれが通称となっている。本名はマティス(マティアス)・ゴタート・ナイタート(ニタート)Matthis (Mathias) Gotthard (Gothart) Neithard (Nithart)とされている。推定によれば、1501~26年アシャッフェンブルク近郊ゼーリゲンシュタットに工房をもち、08年以来マインツ大僧正アルブレヒト・フォン・ブランデンブルクの宮廷画家として働いた。後年、農民戦争で農民側に加担して敗れ、27年フランクフルト、28年ハレに移り、同地で噴水技師として生涯を終えた。現存する作品は少ないが、その表現には、一方では宗教的な情熱と神秘的な象徴主義といったゴシックの伝統、他方では光の充満した空間と個性的な人間像にみるルネサンスの新要素が併存して認められ、これら両要素の対立、矛盾、激突が、彼の表現にまれにみる緊張と感情表出の激しさを生み出している。この特色がとくに著しいのが代表作『イーゼンハイム祭壇画』で、これは単にドイツ美術の至宝であるばかりでなく、この一作によって彼の名を美術史上不朽にしている傑作でもある。
 ほかに『キリスト嘲弄(ちょうろう)』(1503。ミュンヘン、アルテ・ピナコテーク蔵)、『磔刑(たっけい)』(1505。バーゼル美術館)、『マドンナ』(1517~19。シュトゥパハ教区教会)、『聖エラスムスと聖マウリティウス』(1526ころ。ミュンヘン、アルテ・ピナコテーク蔵)などの作品がある。また若干のデッサンが残っているが、版画の作品はない。[野村太郎]

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世界大百科事典内のグリューネワルトの言及

【都市林】より

…したがって都市林は〈都市の生活圏域にあって,自然的レクリエーション機能を介して市民生活と深いかかわりあいをもつ公有林〉(高橋理喜男)ということができる。このような都市林のなかで長い歴史をもつ代表的なものに,グリューネワルトGrünewald(ベルリン),アイレンリーデEilenriede(ハノーファー),ウィーンの森Wienerwald,エッピング・フォレストEpping forest(ロンドン)などがある。【井手 久登】。…

【ドイツ美術】より

ゴシック美術
【ルネサンス】
 古代世界を再生させることを目標としたルネサンスは,直接古代を知らない北方,なかんずくドイツにおのずからイタリアとは異なる様相をもたらし,加えて宗教改革運動がドイツ固有の問題として,この期の社会を大きく揺り動かした。 まず絵画では,デューラーとグリューネワルトとがドイツのルネサンスを代表する両雄である。前者はみずからイタリアへ赴いてルネサンス美術の教養を身につけ,合理的形態と線的表現手段とによってドイツ的心情に記念碑的形態を賦与した(《四人の使徒》1526)。…

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