コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

グーツムーツ Johann Christoph Friedrich Guts Muths

デジタル大辞泉の解説

グーツ‐ムーツ(Johann Christoph Friedrich Guts Muths)

[1759~1839]ドイツの体育学者。ザルツマン創立の学校で教え、実践に基づく体育理論と方法を著述した「青年のための体育」により、近代体育および学校体育の理論を確立した。

出典|小学館デジタル大辞泉について | 情報 凡例

百科事典マイペディアの解説

グーツムーツ

ドイツの汎愛主義に立つ教育者で体育指導者。各種の運動と遊戯を体系化し,学校教育のなかに体育を位置づけた。著書に《青年のための体操》(1793年)があり,体操を〈喜びという衣を着た作業〉と呼んだ。
→関連項目デンマーク体操

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト百科事典マイペディアについて | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

グーツムーツ【Johann Christoph Friedrich GutsMuths】

1759‐1839
ドイツの汎愛教育家,体育家。クエドリンブルクに生まれる。ハレ大学卒業後リッター家の家庭教師となり,後にベルリン大学教授で近代地理学の創設者となるカール・リッターを育てた。1785年シュネッフェンタールのC.G.ザルツマンの汎愛学校に招かれ,カール・リッター兄弟をつれて移り,教師となる。教育学や地理,フランス語や体育などを研究,教育し,教育学と地理教育と体育の3領域で大きな業績を残した。とくに体育の領域では,P.ビョームの問題提起に応えて,主著《青年のための体操》(1793)など多くの体育書を出版し,近代的な市民体育理論を確立した。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

グーツムーツ
ぐーつむーつ
Johann Christoph Friedrich GutsMuths
(1759―1839)

近代体育の創始者。ドイツ、プロイセンの生まれ。ザルツマンの汎愛(はんあい)学校で、50余年にわたり体育を指導しながら、従来の運動を再構成し、近代学校体育を確立した。彼の体育思想はその著『青年の体操』に展開されている。すなわち、将来の人間は「精神的文化と結合した身体の完全」を企図すべきで、「体操は身体の完成を究極の目的とする身体運動の一系列で、身体の完成は持久力と力と敏捷(びんしょう)さと美しさによってなされる」と記している。この定義に即してドイツ体操を発展させた人がヤーンであり、合理的体操を展開させた人がリングである。[上迫忠夫]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

367日誕生日大事典の解説

グーツムーツ

生年月日:1759年8月9日
ドイツの教育家
1839年没

出典|日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について | 情報

世界大百科事典内のグーツムーツの言及

【学校体育】より

…全人教育のための運動学習の意義はルネサンスの思想家によって注目されていたが,これを強調したのはロック,ルソー,ペスタロッチらの近代教育思想家であった。これらをうけて近代的な学校体育がドイツの汎愛(はんあい)学校で始まり,そこの教師グーツムーツは〈男子市民体育〉の最初の近代的体育指導書《青少年の体育》(1793)を出版した。女子の体育指導書が出るのは19世紀の前半であった。…

【体操】より

… 近代に入って,ヨーロッパのヒューマニストたちも,体操ということばをほぼギリシアの用例に従って用いた。その代表的文献がグーツムーツの《青年のための体操》(1793)である。ここで体操とは,健康で明るい市民生活を営む能力を身につけるために,いろいろな運動を体系づけ,方法化することであり,走・跳・投,レスリング,運搬,水浴など,あらゆる自然的な運動が体操の内容となった。…

※「グーツムーツ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

グーツムーツの関連キーワードスポーツ科学ナハテガル生年月日平均台