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ケストナー ケストナー Kästner, Erich

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ケストナー
ケストナー
Kästner, Erich

[生]1899.2.23. ドレスデン
[没]1974.7.29. ミュンヘン
ドイツの詩人,小説家。職人の家に生れ,第1次世界大戦に従軍。戦後,ライプチヒ,ロストク,ベルリンの大学で文学,歴史,哲学を学びつつ詩作や評論に活躍,『新ライプチヒ新聞』 Neue Leipziger Zeitungの編集に参加。

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デジタル大辞泉の解説

ケストナー(Erich Kästner)

[1899~1974]ドイツの詩人・小説家。「エミールと探偵たち」などの児童文学で有名になったが、ナチスに迫害された。ほかに小説「ファビアン」など。

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百科事典マイペディアの解説

ケストナー

ドイツの作家。風俗風刺的な詩集で出発し,少年小説《エミールと探偵たち》で有名になり,さらにワイマール時代の大都会の生活の病弊をえぐる《ファービアン》(1931年)を発表。
→関連項目新即物主義

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世界大百科事典 第2版の解説

ケストナー【Erich Kästner】

1899‐1974
ドイツの詩人,小説家,劇作家。ドレスデンに生まれ,最初は教師を志した。第1次大戦で心臓を病み除隊。進路を変え,ライプチヒ大学で文学を修めるかたわら文筆活動を開始。劇評,大道演歌風の文芸寄席(キャバレー)シャンソン新即物主義のいわゆる“実用詩”を《世界舞台》などの雑誌や新聞に寄せた。《胴の上の心臓》(1928),《鏡の中の騒ぎ》(1929)など4詩集や,モラリストの物語《ファービアン》(1931)により,ワイマール時代の実相とその危険性を鋭く映し出し,好評を博した。

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大辞林 第三版の解説

ケストナー【Erich Kästner】

1899~1974) ドイツの詩人・小説家。風刺的な小説「ファビアン」や、機知とユーモアに富む少年小説「エミールと探偵たち」などを書いた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ケストナー
けすとなー
Erich Kstner
(1899―1974)

ドイツの詩人、小説家、児童文学作家。ドレスデンに生まれ、第一次世界大戦に従軍。戦後、時代を風刺するユーモラスで辛辣(しんらつ)な叙事詩集『腰の上の心臓』(1928)によって文学的な出発をした。この作風は、小説の代表作『ファビアン』(1931)にも引き継がれる。しかし彼の名を世界的にしたのは、むしろ『エミールと探偵たち』(1928)をはじめとする児童文学作品であった。ドイツの児童文学はケストナーによって一新紀元を画し、国際的な水準に達することになる。しかし彼の自由主義的な現実暴露、辛辣な風刺はナチスの憎むところとなって、ナチスが政権を獲得した直後の1933年5月に、彼の著書は非ドイツ的という烙印(らくいん)を押されて焚書(ふんしょ)の厄にあい、児童文学の傑作『飛ぶ教室』(1933)を最後に、ドイツでは出版ができなくなった。亡命しなかったケストナーは、スイスからユーモア小説『雪の中の三人男』(1934)などを刊行して苦難の時代を切り抜け、第二次大戦後は西ドイツのペンクラブ会長となって(1951)活躍しながら、戯曲『独裁者の学校』(1957)、児童文学『ふたりのロッテ』(1949)、『サーカスの小びと』(1963)などを発表して、ふたたび旺盛(おうせい)な創作力をみせた。[関 楠生]
『高橋健二訳『ケストナー少年文学全集』全8巻(1962・岩波書店) ▽高橋健二著『ケストナーの生涯』(1982・駸々堂出版) ▽板倉鞆音訳『ケストナァ詩集』(1975・思潮社)』

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世界大百科事典内のケストナーの言及

【児童文学】より

…そのあいだに,1896年ウォルフガストH.Wolfgastが新しい児童文学を提唱して,ローゼッガーP.Roseggerなどを生み,やがて詩人W.ボンゼルスの《蜜蜂マーヤの冒険》(1912)が出て,第1次世界大戦にはいる。オーストリアのザルテンF.Saltenの《バンビ》(1923)とE.ケストナーの《エミールと探偵たち》(1928)が出ると,新生面がひらけるかにみえたが,第2次大戦でとざされてしまった。しかし,わずかではあるが,ウォルフF.Wolf,ウィーヘルトE.Wiechertらのすぐれた作品がある。…

【ティル・オイレンシュピーゲル】より

… この書物は1515年,19年にも版を重ね,1867年にはデ・コスタCharles de Coster(1827‐79)の《ウーレンシュピーゲルとお人よしのゲドツァク》が,想を新たにしてフランドルのダム生れのネーデルラント解放の戦士としてのオイレンシュピーゲルを登場させている。近代に入ると,R.シュトラウスの交響詩やケストナーの翻案によって,子ども向けの《ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら》として知られ,各国語に訳されて,世界中に道化者の話として普及してゆく。しかし子ども向けの道化話となってしまったために,かつての社会批判としての性格は失われていった。…

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