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ケルン派 ケルンはKölnische Malerschule

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ケルン派
ケルンは
Kölnische Malerschule

14世紀後半から 15世紀前半にかけてドイツのケルンを中心に制作された絵画の総称。繊細優美な様式を特徴とし,画面には夢幻的雰囲気が漂う。この派の最初の傑出した画家は,1400~20年頃にケルンで活動した記録が残る聖ベロニカの画家で,その後 30年頃にケルンに来た南ドイツ出身の S.ロヒナーにおいて頂点に達した。そのほかマリアの生涯の画家,聖バルトロメウスの祭壇画の画家などの作品がよく知られている。

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世界大百科事典 第2版の解説

ケルンは【ケルン派 Kölner Schule】

ドイツ絵画の一派。8~10世紀にかけてのカロリング朝,オットー朝時代のミニアチュールの一派をさすこともあるが,一般的には14~15世紀にケルンを中心に活躍した一群の画家をさす。その大半は無名画家であるが,その中では15世紀初頭に活躍した〈聖女ベロニカの画家Meister der heiligen Veronika〉が広く知られている。《聖布をもつ聖女ベロニカ》にちなんで命名されたこの画家の現存作品は多くはないが,流れるような優美な曲線を生かしたその作風は,当時のいわゆる国際ゴシック様式のドイツ版ともいうべき〈ソフト・スタイルweicher Stil〉を代表し,またそこに漂う温かい人間味と敬虔(けいけん)な宗教性も,ケルン派の特色をよく示している。

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世界大百科事典内のケルン派の言及

【ゴシック美術】より

…イギリス王リチャード2世の小祭壇画や,フランス王ジャン(善良公)の肖像画が,当時の宮廷画家の画風をよく伝えている。ドイツの板絵は各地方に多様な発達をし,プラハ,ウィーンはイタリアの影響をうけ,国際ゴシック様式の系統をとり,ケルン派は14世紀に甘美な画風をもってあらわれ,15世紀にロホナーのような大画家を生む。ハンザ同盟諸市は民衆的な率直な画風をむかえ,14世紀から15世紀初めにハンブルクでマイスター・ベルトラムMeister Bertram von Minden(1340ころ‐1415ころ)が名高く,同じころコンラート・フォン・ゾーストKonrad von Soest(1370ころ‐1425ころ)はケルン派の様式をまじえ,マイスター・フランケは国際ゴシック様式に近づいている。…

【ドイツ美術】より

…教皇庁のあった南フランス,アビニョンを経由してプラハへ伝えられたシエナ派のマルティーニの影響は,14世紀後半のボヘミア絵画の基礎となり,次いでハンブルクへ感化をおよぼしてマイスター・ベルトラムMeister Bertram(1335ころ‐1415)の画面を生む。同じころ西方のパリやブルゴーニュ地方から流入してきた宮廷様式はマイスター・フランケやコンラート・フォン・ゾーストKonrad von Soest(1370ころ‐1425ころ)の優雅な形式に結実し,やがて〈聖ベロニカ〉の画家Meister der hl.Veronika(生没年不詳)やロホナーのケルン派において全盛期を迎える(国際ゴシック様式)。一方南ドイツのモーザーLukas Moser(1390ころ‐?)やウィッツやムルチャーHans Multscher(1400ころ‐67)には忠実な自然の観察がみられ,新時代到来の間近さを感じさせる。…

【ロホナー】より

…ボーデン湖畔のメールスブルクの生れと考えられる。1430年ころケルンに移り,いわゆるケルン派の代表的な画家となる。ケルン派の最高傑作とされる《三王礼拝図》を中央パネルにもつ三連祭壇画(1440ころ,ケルン大聖堂)は,厳格で荘重な左右相称の構図を示すが,細部においてはネーデルラント絵画の影響を思わせる自然主義的な描写が目だつ。…

※「ケルン派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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