日本大百科全書(ニッポニカ) 「ゲルアルト」の意味・わかりやすい解説
ゲルアルト
げるあると
Charles Frédéric Gerhardt
(1816―1856)
フランスの有機化学者。ストラスブールに生まれ、おもにドイツで化学を学んだ。リービヒやデュマに師事し、パリで博士号取得後、1844年にモンペリエ大学の化学教授となった。
彼の最初の貢献は、有機化合物の化学式の訂正である。彼は、反応にあずかる水や二酸化炭素の分子の数が、つねに偶数であることに気づいた。これは、当時使われていた有機化合物の分子式において、各原子の数の表記が実際の2倍であるためと考え、半分に減らした。こうすることで、分子量決定のために蒸気密度を利用しても不都合はおこらず、無視され続けていたアボガドロの法則がのちに認められる基ともなった。
ゲルアルトの最大の関心は、有機化合物の分類にあった。彼は、化学的性質の類似する化合物において、沸点が、炭素、水素原子の数により規則的に変化することに注目し、これらを(CH2)nを基礎として組み立てられている化合物とみなし、同族列と名づけた。これをさらに一般化し、すべての有機化合物を炭素原子の数に従って、もっとも複雑な分子から、燃焼などの分解によってだんだんとより簡単な分子に至る系列として分類することを試みた。しかしながら、当時分子の構造はわかっておらず、CH2の数だけによる分類は、化合物の性質による分類とは相いれなかった。よって、のちには、水素、塩酸、水、アンモニアの四つの分子のタイプを基にした分類も考えた。このタイプの理論は、間接的ながら、後の構造化学の発展にもつながっている。
彼は多くの有機化合物を発見しているが、なかでも1852年に発見した無水酢酸が重要である。無水酸を酸であるとした当時の誤った考えを退け、リービヒらの少数意見、すなわち、酸は水素原子を含んでいるという考えをとった。これにより、当時混乱していた多塩基酸の概念を明確にすることができた。つまり、二塩基酸から簡単に無水酸が得られるのは、酸1分子から水1分子がとれるからであり、一方、酢酸のような一塩基酸から無水酸が得られにくいのは、酸2分子から水1分子をとらなければならないからである。この無水酢酸の発見により、1855年ストラスブールの大学理学部と薬学学校の教授に任命された。1856年、パリ科学アカデミーの通信会員にも選ばれたが、その4か月後、40歳の誕生日前に没した。
[吉田 晃]