コロンボ(英語表記)Colombo, Furio

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

コロンボ
Colombo, Furio

[生]1931. シャティヨン
イタリアの小説家,評論家。 1960~65年アメリカに滞在。帰国後,評論『ケネディのアメリカ』L'America di Kennedy (1964) で文壇に登場した。新前衛派に属し,小説『狂った女たち』 Le donne matte (64) のほか,評論『暴力に代って』 Invece della violenza (67) ,『闘争の条件』 Le condizioni del conflitto (70) など。

コロンボ
Colombo, Matteo Realdo

[生]1516? クレモナ
[没]1559. ローマ
イタリアの解剖学者,外科医。 W.ハーベイに先立って肺循環 (心臓から両肺への血液循環) を発見したといわれる。パドバ大学で A.ウェサリウスに学ぶ。ウェサリウスは彼の才能を愛して助手にし,1543年に辞職するとき後任に指名した。しかし,ウェサリウスの学説が古典的な医学を脅かすものになったとき,恩師の激しい敵対者の一人に変った。のちピサからローマに行き,教皇ユリウス3世の侍医となった。著書"De re anatomica" (1559) は,心臓の血液が心筋の収縮期に押出され,拡張期に流入することを記した最初の書物として知られる。

コロンボ
Colombo

スリランカ南西部,行政府が置かれコロンボ県の県都。 1948~82年はスリランカの首都。スリランカ第1の都市である。同国南西岸に位置し,世界有数の港をもつ。8世紀頃,ケラニ川河口にアラブ商人が港をつくり,宝石や香料の貿易港としたのが起源で,1505年ポルトガル人が漂着,1551年には実権を奪い,砦を築いて貿易基地とした。その後 1658年からオランダ,1796年からイギリスの支配下となり,植民地経営の拠点となった。独立後,政治,経済,文化の中心地として急速に発展。繊維,ゴム,食品,製油,農器具製造などの工業が立地するほか,茶,ゴム,ココナッツなどを輸出し,食糧,肥料,機械などを輸入。鉄道はすべてコロンボを起点として全国の主要都市と結ばれる。ビドゥヨーダヤ大学,ビドゥヤランカラ大学,コロンボ大学があり,市公会堂は美しい建造物として有名。仏教をはじめヒンドゥー教,イスラム教など各種の寺院や多くのキリスト教聖堂がある。人口 64万 2163 (2001) 。

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デジタル大辞泉の解説

コロンボ(Colombo)

スリランカの旧首都。セイロン島南西岸に位置する港湾都市。古くからインド洋航路の要地であり、15世紀初頭にシンハラ王朝の都になった。16世紀初頭にポルトガルが要塞を築き、続いてオランダ、英国の植民地政庁が置かれた。1985年にスリジャヤワルダナプラコッテに遷都。人口、行政区62万(1990)。

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百科事典マイペディアの解説

コロンボ

スリランカ最大の都市でかつての首都。セイロン島の南西部,インド洋岸の港湾都市。紅茶,ゴム,ココナッツ製品,コプラを輸出する。北郊に〈自由貿易地帯〉が設定され経済,工業開発が進む。1517年ポルトガルが領有,1656年オランダ領,1796年英領。1885年最初の防波堤の完成後,南のガルに代わって繁栄。博物館(1873年創立),大学があり,仏教,ヒンドゥー教,イスラム,キリスト教の宗教施設が多い。1985年,コロンボの南東部に隣接するスリジャヤワルダナプラコッテに首都が移転した。67万3000人(2007)。
→関連項目ゴールスリランカ

コロンボ

イタリアの家具・プロダクトデザイナー。ミラノ生れ。現代美術からデザインに転身し,1962年にはミラノにデザイン事務所を開設。FRPを使った椅子〈エルダ〉(1963年)や,プラスチック成形技術を使った量産の椅子として画期的な〈ユニバーサル〉(1965年)など新素材を積極的に採用。ワゴンに小型冷蔵庫,電気コンロ等を組み込んだ〈ミニキッチン〉(1963年)や,ポリウレタン製クッションの組み合わせで好みの形態のベッドや椅子にできる〈アディッショナル・システム〉(1967年)など,複合的機能をもつ製品をデザイン。機能やシステムまでデザインするという斬新なアプローチで1960年代のイタリア・デザインをリードした。1969年バイエル社の展示会のため未来の住居空間〈ビジオーナ〉を製作。SF映画の一場面のような空間だが,その裏には緻密に計算された合理的空間構成がなされている。

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世界大百科事典 第2版の解説

コロンボ【Colombo】

スリランカ民主社会主義共和国の前首都。人口62万(1990)。1505年にポルトガルの船隊が漂着し,17年にニッケイ貿易のための商館を築いて以来,1656年から1796年までのオランダ領時代,それにつづく1948年までのイギリス領時代を通じて,西ヨーロッパ列強によるスリランカ支配の中心であった。コロンボ市の東部に隣接したスリ・ジャヤワルダナプラ・コーッテ市に建設された国会議事堂の完成とともに,行政機関も徐々に移転し,コロンボの首都機能を分散させる計画が1982年から実施され,85年1月からスリ・ジャヤワルダナプラ・コーッテに首都は移転した。

コロンボ【Matteo Realdo Colombo】

1516‐59
イタリアの医者。クレモナに生まれ,ベネチアとパドバで医学を学ぶ。1544年A.ベサリウスのあとをついで,パドバ大学で解剖学と外科を講じた。46年ピサ大学に移り,2年後に法王パウロ4世の招きでローマに赴いた。59年出版の遺著《De re anatomica(解剖書)》のなかに,左右心室中隔の閉鎖性と肺循環を述べ,のちのW.ハーベーの血液循環説に寄与した。コロンボが生前セルベトゥスの肺循環(1553)を知っていたかどうかは,いまだにわかっていない。

コロンボ【calumba】

薬用植物として知られるツヅラフジ科のつる性木本(イラスト)。葉は大きく,掌状に切れ込んでいる。雌雄異花。雄花は細長い総状の円錐花序につく。雌花は総状花序につく。萼片6枚,花弁6枚,雄花ではおしべ6本,雌花ではめしべ3本。実は核果で,たくさんのとげがある。J.columba,J.miersii,J.macranthaなどが熱帯アフリカに分布している。 J.columba Miers.は塊根が生薬となり,アルカロイド,パルマチンpalmatine,ヤテオリジンjateorhizineなどを含み,苦味健胃薬として家庭薬の配合原料となる。

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大辞林 第三版の解説

コロンボ【colombo】

ツヅラフジ科のつる性木本。熱帯アフリカ原産。根は紡錘状に肥大する。

コロンボ【Colombo】

スリランカ、セイロン島の南西部にある港湾都市。インド洋航路の要地。茶・ゴム・コプラなどの輸出が多い。

コロンボ【Matteo Realdo Colombo】

1516~1559) イタリアの解剖学者。解剖学的知見に基づいて血液の肺循環を指摘し、ハーベーの血液循環説の確立に寄与。

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世界大百科事典内のコロンボの言及

【スリランカ】より

… 15世紀初頭に鄭和の船隊が来島し,中国(明朝)の朝貢国となるが,植民地として実質的な支配を受けることはなかった。1505年にポルトガルの艦隊がコロンボ近くに漂着した。この頃,南部のシンハラ王朝は分裂し,三つの小王国に分かれていた。…

※「コロンボ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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