コンプレックス(英語表記)complex

翻訳|complex

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

精神分析で使われる概念。無意識のなかに抑圧され,凝固し,そのために意識された精神生活に影響を与え,ときに強い感動を誘発する観念複合体をいう。さまざまな解釈があり,性的抑圧を重視する古典派のほかに,優越感や劣等感を重視する学派などがある。エディプス・コンプレックスエレクトラ・コンプレックスは性心理の発達にかかわるひずみであるから,単に両親との関係にとどまらず,多くの場合,対人関係の障害を伴う。コンプレックスは日常生活のなかにも現れるが,また神経症の症状を形成する。

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デジタル大辞泉の解説

精神分析用語。情緒的に強く色づけされた表象が複合した心理。抑圧されながら無意識のうちに存在し、現実の行動に影響力をもつ。マザーコンプレックスエディプスコンプレックスインフェリオリティーコンプレックスなど。複合感情複合観念
日本では特に、インフェリオリティーコンプレックス(劣等感)の意味で使われる。「強いコンプレックスを抱く」
複雑に関連していること。複合的であること。複合体。「シネマコンプレックス

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大辞林 第三版の解説

自分が他より劣っているという感情。劣等感。
精神分析の用語。強い感情やこだわりをもつ内容で、ふだんは意識下に抑圧されているもの。エディプスコンプレックス・劣等コンプレックスなど。

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精選版 日本国語大辞典の解説

(Komplex complex)
[1] 〘語素〙 (主に社会学、文化人類学などで) 複合したもの。〔外来語辞典(1914)〕
[2] 〘名〙
① 精神分析の用語。心の中のしこり。要求阻止が原因となって抑圧され、無意識のうちに形成され情緒的に強く色づけられた観念の複合。観念複合体。錯綜体(さくそうたい)
※新しき立身道(1937)〈大槻憲二〉「常識的に云って浅慮ですが、分析学的にはコムプレクス(無意識病理)的であります」
※もて遊び草(1956)〈舟橋聖一〉「それに対してコンプレックスを感じたことは一度もなかった」

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最新 心理学事典の解説

心の中に複合的な色彩をもつ感情で,その人の態度や行動に強い影響をもつが,無意識的あるいは意識されないことが多い。心の中にあってさまざまな複雑な絡み合いを作り出しているので,観念感情という邦訳語が当初は使われていた。複合観念ともいう。コンプレックスはもともと統合失調症(精神分裂病)を概念化したブロイラーBleuler,E.がいたスイスのブルクヘルツリ病院で,主にユングJung,C.G.がこの用語を使って,心理テストである言語連想検査word association testを作り上げた。その検査は100個の単語の刺激語があり,それらに対して2回の試行をするものであるが,特定の語に反応が遅れたり,奇妙な反応をしたりする,その語句と反応語あるいは反応の仕方と反応時間は,複雑な感情がそこにあると,奇異なものになる。それぞれの試行への反応,内容と反応時間からそれらを分析し,コンプレックスを明らかにする。

 自分自身の父親を失って深刻な神経症に陥ったフロイトFreud,S.は,自分の夢を要素分析していくことで,心の中に父親を殺して母親と近親相姦的な関係を結ぶという願望を中心として,自分の中に抑圧していた複雑に絡み合った感情作用としてのコンプレックスを発見した。これを彼はエディプス・コンプレックスOedipus complexとよんだ。

 ヒステリーの治療から始めたフロイトは当初,患者たちが外傷体験を実際に体験していて,それが原因で神経症になると素朴に考えていた。それが心の中に共通のパターンをもつ内的な組織があると確信するようになったのは,エディプス・コンプレックスを発見して,それが多くの患者たちに共有されてきたものと考えたからである。その意味でエディプス・コンプレックスを神経症の中核と考え,他のコンプレックスをその亜種とした。さらに彼はこれを性心理発達のモデルの中に組み込んで,口唇期,肛門期を経て,男根期とエディプス期が幼児期の発達の統合的な役割をするものだと考えた。神経症は,このエディプス期における葛藤が分離の不安や去勢の不安から強くなり,それを抑圧することがもともとの出発点になっている。またフロイトはこのコンプレックスの起源を文化人類学や歴史に求め,系統発生的な人類の進化の中で親族構造の形成に重要な役割を果たしてきたものとみなした。つまりコンプレックスの着想は,フロイトを単なる外傷説から,より複雑な内的世界の探索への道に導いたのである。

【コンプレックスの諸相】 心の中で複雑な感情を呼び起こすコンプレックスは,精神分析を長期的に行なって,転移と逆転移の実演のうちに,そして抵抗と防衛の解除に従って明らかになっていくが,それがフロイトの指摘のようにエディプスのみかどうかという点に関しては異論がある。フロイトと交流のあった時代,ユングは男性のエディプス・コンプレックスに対して,ギリシア神話のエレクトラの物語に着想を得て女性がもつエレクトラ・コンプレックスElectra complexを提唱した。ユングによれば,女性が母親を亡きものにして,父親と結びつきたいという願望を心の中にもつという意味だが,フロイトは心の中で重要なのはエディプスであるとしてこの議論を認めなかった。後に父母の関係性を早期の幼児体験に還元しようとしたクラインKlein,M.は,同じエレクトラ神話の中で母親殺害をするエレクトラの弟オレステスの方こそ,深刻なコンプレックスを構成していると述べる。

 エディプス・コンプレックスに対して,コンプレックスを父親と母親の関係に還元しないという立場は,深層心理学の早い時期から存在している。器官劣等性の概念から出発したアドラーAdler,A.は,力への闘争が人間の動機として重要であるとみなしたので,父親と子どもとの関係を重視したフロイトよりも,むしろ父親,あるいは兄弟関係が生み出す優位性,あるいは劣等性の問題がより深刻なコンプレックスを生み出すと考えた。アドラー自身は劣等コンプレックスinferiority complexという概念を特別に重視しなかったが,アドラーの影響を強く受けたアメリカの教育理論では,コンプレックスという語が劣等感に関することばとして使われてきた。コンプレックスが,エディプス・コンプレックス以外,広く使われるようになった経緯には,こうしたさまざまな概念を複合感情として理解してきたからである。

 コンプレックスのどこに力点をおくかも,分析家によって異なる。アドラー以外に同時代のランクRank,O.は,人生において最も外傷的な体験は出生だと考えたが,彼によれば,出生はその後続く別離や分離の体験の原型であるという意味で,最初のトラウマであり,コンプレックスを構成するものは母子分離体験であって,それが去勢コンプレックスを基盤において構成している。

 コンプレックスが個人によって異なるように,文化によって異なるか,という議論がある。フロイトのもとを訪ねた三人の日本人の一人である古澤平作は,フロイトに「罪悪感の二種」という題名の自分の論文を提示した。そこで彼は仏典に語り継がれているアジャセ(阿闍世)の物語を使って,フロイトのエディプス・コンプレックスとは異なるコンプレックスを説明しようとした。フロイトはやはり他のコンプレックスに関心をもたなかったが,のち古澤,そしてその分析と指導を受けた小此木啓吾がアジャセ・コンプレックスの理論を発展させた。アジャセの物語は次のようになる。マガダ国の王妃がある仙人が自分の子どもに生まれ変わるということを知り,急いでその仙人を殺してしまう。仙人は死に際に「その子どもが王を殺す」という予言をする。それを恐れた国王と王妃は,子どもを殺そうとするが,子どもであるアジャセは生き残る。成長した彼は,出生の秘密を知り,父親である王を幽閉し食物も与えないが,牢獄の中で父親の王がいたって元気にしているのを不思議に思ったアジャセは,母親が彼を助けていたことを知る。怒った彼は父親を殺してしまい,母親も殺そうとするが,家臣がそれを思いとどまらせる。その後国を治めていた彼は後悔の念とともに,体中から悪臭を出す皮膚病に苦しむ。母親は献身的に看病するが治らず,父なる王の声が天から聞こえてきて,釈迦への帰依を勧められる。そして彼は名君になっていく。この物語を古澤は,母子関係と父母の関係の問題として説明するために,王妃イダイケ(韋提希)が年老いて容姿が衰え,王の寵愛が薄れることを恐れて,急いで仙人を殺したと作り変えているが,子どもは母親の性を垣間見て,自分の出生にかかわる裏切りとみなすので,未生怨とよばれる憎しみをもつ。このアジャセ王の物語は,もう一方でエディプスの物語と同じく,父親殺しの話でもある。エディプスが自分の犯した罪に対し,あくまでその真実を見て自分の眼を刺すことで罰を受けるが,アジャセの場合は,許されて終わる。古澤のアジャセ・コンプレックスの概念は,小此木啓吾によって日本人論の観点から「日本的一体感=甘えとその相互性,日本的恨みとマゾヒズム,日本的許しと罪悪感」というかたちで,国際的に広く紹介されるようになっている。 →精神分析
〔妙木 浩之〕

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