シャバンヌ(読み)しゃばんぬ(英語表記)Emanuel Edouard Chavannes

デジタル大辞泉 「シャバンヌ」の意味・読み・例文・類語

シャバンヌ(Édouard Chavannes)

[1865~1918]フランスの中国学者。歴史考古学仏教美術碑文を実証的に研究。「史記」などを翻訳

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精選版 日本国語大辞典 「シャバンヌ」の意味・読み・例文・類語

シャバンヌ

  1. [ 一 ] ( Emmanuel Edouard Chavannes エマニュエル=エドアール━ ) フランスの中国学者。「史記」の訳注をはじめ、雲崗龍門など各地史跡金石文を調査し、中国古代史、仏教史研究にすぐれた業績を残した。(一八六五‐一九一八
  2. [ 二 ]ピュビス=ド=シャバンヌ

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「シャバンヌ」の意味・わかりやすい解説

シャバンヌ(Emanuel Edouard Chavannes)
しゃばんぬ
Emanuel Edouard Chavannes
(1865―1918)

フランスの著名な中国学者。実証的な学風で、単に正統的な古典ばかりでなく、広く未利用の資料の発見、紹介に努め、「フランス・シナ学」の名声を高め、日本にも影響を与えた。本国で中国学を修めたのち、北京(ペキン)公使館付として学術調査にあたり、帰国してコレージュ・ド・フランス教授、学士院会員に任ぜられ、1890年コルディエを助けて、ヨーロッパ学界を代表する雑誌『通報』T‘oung Paoを発刊、やがてこれを主宰した。その業績のおもなものは『史記訳解』5巻で、原書の約3分の1に及ぶ。『西突厥(とっけつ)史料』はオルホン碑文を取り扱ったもの、『泰山誌』は泰山崇拝の民俗的研究、そのほか『麻尼(マニ)経遺文考釈』から、仏教説話、卜辞(ぼくじ)にまで対象が広がった。

[宮崎市定]


シャバンヌ(Pierre Puvis de Chavannes)
しゃばんぬ

ピュビス・ド・シャバンヌ

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改訂新版 世界大百科事典 「シャバンヌ」の意味・わかりやすい解説

シャバンヌ
Édouard Chavannes
生没年:1865-1918

フランスの東洋学者。リヨンに生まれ,パリの高等師範学校を卒業。1893年にコレージュ・ド・フランスの教授,1903年に学士院会員となる。《史記》など漢籍の翻訳のほか,研究は金石文や仏教,美術,考古等の広範囲にわたるが,その本領は新発見の資料や埋もれた文献の忠実な紹介解説にある。なかでもスタインの獲得した漢晋簡牘(かんとく)を釈読考証した《Les documents chinois découverts par A.Stein dans les sables Turkestan oriental》(1913)は,近代簡牘学の創始者とよぶにふさわしい不滅の業績である。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「シャバンヌ」の意味・わかりやすい解説

シャバンヌ
Chavannes, Édouard

[生]1865.10.5. リヨン
[没]1918.1.29. パリ
フランスの中国学者。 1889年中国公使館員として北京に渡り,93年にコレージュ・ド・フランスの教授となり,中国古代史,西域史,仏教史あるいは諸碑文研究を行い,精密な史料訳注やすぐれた研究業績を多く発表した。 1903年フランス学士院会員,16年イギリス王立アジア協会名誉会員となり,また雑誌『通報』を編集。名実ともにヨーロッパの代表的東洋学者となった。著書に『司馬遷の史記』 Mémoires historiques de Se-ma Ts'ien (1905) ,『華北訪古記』 Minion archéologique dans la Chine septentrionale (09) ,"Cinq cents contes et apologues extraits du Tripiṭaka chinois" (11) など。

シャバンヌ

「ピュビス・ド・シャバンヌ」のページをご覧ください。

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百科事典マイペディア 「シャバンヌ」の意味・わかりやすい解説

シャバンヌ

フランスの中国学者。東洋語学校卒業後,公使館員として北京に滞在。1893年以後,終生コレージュ・ド・フランス教授。1904年先輩のコルディエと《通報(ツンパオ)》を編集。最大の業績は《史記》の翻訳であるが,他に《西域求法高僧伝》《金石碑文》等を翻訳した。スタインの得た木簡の解読など文献・新資料の忠実な紹介解説に本領を発揮した。グラネはその門下。
→関連項目マスペロ

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世界大百科事典(旧版)内のシャバンヌの言及

【雲岡石窟】より

…中国の山西省大同市の西約15km,雲岡鎮にある北魏時代の仏教石窟。武周山に面した高さ20~30mの北の崖面(砂岩)に並び,南面した大窟21(第1洞から第20洞および第39洞),中小窟20,磨崖仏龕(がん)約120があり,全長3kmに及ぶが,主要な石窟は1kmの中に集中している。1902年(光緒28)伊東忠太が踏査して重要性を指摘。07年にE.シャバンヌがはじめて多数の写真を撮影,石窟番号を与えて発表した。…

【漢簡】より

…竹,または木の札に書かれた中国,漢時代の文書や記録。紙は後漢初に蔡倫が発明したという伝説が普及しているが,紀元前2世紀の紙も出土している。ただそれらは包紙として用いられ,書写材料は帛(はく)または簡牘(かんとく)であった。漢簡の標準は長さが当時の1尺(約23cm),幅5分程度のもので,約30~40字を1行に書く。幅を2倍に広げ2行書けるものを両行(りようこう),長さ2尺のものを檄(げき),3尺のものを槧(ざん),文書の上蓋で宛名を書くものを検(けん),物品に名称を書いて付ける絵符の働きをするもの,日本の木簡のつけ札に当たるものを楬(けつ),合わせて証明に用いる符,旅行者の身分証明である棨(けい)など形態,用途により名称が細かく分かれている。…

※「シャバンヌ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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