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シュワーベン シュワーベン Schwaben; Swabia

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シュワーベン
シュワーベン
Schwaben; Swabia

ドイツ南部の歴史地名。現在のバーデンウュルテンベルク州の南部,バイエルン州の南西部およびスイス東部とアルザスを含んだ地域。地名は1世紀頃居住したスエビ族に基づくが,この地名が一般化したのは 11世紀以降で,それ以前は西ゲルマンアラマンニ族にちなんでアラマニエンまたはアレマニエンと呼ばれた。

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百科事典マイペディアの解説

シュワーベン

ドイツ,バイエルン州南西部,ほぼレヒ川以西の地区。西部からバーデン・ビュルテンベルク州にシュウェービッシェ・アルプスの山地が延びる。主都アウクスブルクを中心に金属,繊維工業行われる

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世界大百科事典 第2版の解説

シュワーベン【Schwaben】

今日の行政区域としてのシュワーベンドイツ,バイエルン州南西部の県。面積9994km2,人口171万(1995)。県都はアウクスブルク。歴史的には,ゲルマンの一部族,彼らの定住した地域,あるいは中世にこの地域に建てられた部族公国のことである。ゲルマンの一部族としてのシュワーベンは3世紀にライン川とイラー川の中間,ボーデン湖までのローマ領内に侵入して定着し,5世紀に定住地域をエルザス(アルザス),スイス,フォアアールベルク,東はレヒ川まで拡大したアレマン族Alemannen(alle Männer)のことで,これは,ザクセン族フランク族チューリンゲン族,バイエルン族,フリーゼン族とともにドイツ民族を構成する6部族の一つである。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

シュワーベン
しゅわーべん
Schwaben

南西ドイツの地方名。英語ではスワビアSwabia。歴史上、シュワーベンは中世ドイツのシュワーベン公国をさす。地名は、紀元1世紀ごろこの地に居住したゲルマン系のスエビSuevi人にちなむが、この地名が一般に用いられるのは11世紀以降のことである。それまでは、3世紀から5世紀にかけてこの地に移住し定着したゲルマン系のアレマンネン(アラマン)人にちなんで、アレマンニアAlemanniaとよばれた。アレマンニアの範囲は、東はレッヒ川、西はエルザス(アルザス)、北はネッカー川中流、南はアルプスを境界とし、今日のバーデン・ウュルテンベルク、バイエルン南西部、スイス北東部を含む地域である。
 上述のアレマンネン人は、フランク王国のクロービスによって496年征服されたが、その後自立的傾向を回復し、再度フランクの支配下に入ったのは746年のことである。カロリング朝の末期になると土着貴族が台頭し、その一人のブルヒャルト1世が917年シュワーベン公を称した。その死後、926年ザクセン朝の国王ハインリヒ1世は、コンラート家(フランケン地方出身)のヘルマンに公位を与え、以後、非土着貴族が公に任ぜられ、部族公国の解体が進められた。1079年ザリエル朝の国王ハインリヒ4世は、女婿のシュタウフェン家のフリードリヒに公位を与え、これより同家が公位を相続し、その後のシュタウフェン王朝全盛の社会的基盤を形成した。1268年同家の断絶とともに、群小貴族乱立の時代に入るが、ウュルテンベルク伯、バーデン辺境伯、アウクスブルク、コンスタンツ各司教が有力な存在であり、また多数の帝国騎士、帝国都市が生まれた。彼らはシュワーベン都市同盟(1376)、シュワーベン同盟(1488)などを結成し、ドイツ政治のイニシアティブ(主導権)を握った。1524年夏には、この地方を主舞台としてドイツ農民戦争が勃発(ぼっぱつ)し、戦争は翌年6月まで続いた。19世紀の哲学者ヘーゲル、シェリング、作家のシラー、詩人のヘルダーリン、ウーラント、メーリケなどがこの地方の出身であるが、それは、シュワーベンの自由の伝統、牧歌的自然に負うものであろう。現在も家畜の飼育や酪農業が盛んである。[瀬原義生]

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