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シュンガ朝 シュンガちょうŚuṅga

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シュンガ朝
シュンガちょう
Śuṅga

インドの古代王朝。前 187年頃,マウリヤ朝の将軍プシュヤミトラがブリハドラタ王を殺して創始した。ガンジス川流域からマールワ地方を領域としたが,北西からのギリシア系の諸王の侵入に悩まされた。この王朝は 10代継承されたといわれ,前 75年頃バラモンのカーンバ朝によって滅ぼされた。

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世界大百科事典 第2版の解説

シュンガちょう【シュンガ朝 Śuṅga】

古代北インドの王朝(前180‐前68ころ)。プラーナ文献によると,将軍プシュヤミトラPuṣyamitraが,主君であるマウリヤ朝最後の王ブリハドラタを殺して王朝を創始したという。都は前王朝と同じくパータリプトラに置かれたが,版図はマウリヤ帝国の中心部にあたるガンガー(ガンジス)川中流域から中央インドに及ぶ地にほぼ限られた。プシュヤミトラはバラモンの出身といわれ,また即位後にバラモン教の大犠牲祭アシュバメーダ(馬祀祭)を挙行したことで知られる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

シュンガ朝
しゅんがちょう
Suga

古代インドの王朝(前185ころ~前80ころ)。初代プッシャミトラはマウリヤ朝の軍司令官で、紀元前185年ごろ主君を殺して王権を奪い、北インドのかなり広い領土を支配した。彼はベーダ的儀式(古代インドの神話的祭式)であるアシュバメーダ(馬祠祭(ばしさい))を再度行って、バラモンの宗教と文化を尊重した。仏教側の伝説によれば、彼は仏教徒を迫害したというが、その領土では、バールフトの遺跡にみられるように仏教建築が盛んであった。だが、当時、南には新しい勢力が興り、西北からは異民族が侵入したために、この王朝はマウリヤ朝ほどに強大ではなく、前80年ごろ大臣バスデーバに滅ぼされ、カーンバ朝にかわった。[山崎利男]

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