サンスクリットで〈古い(物語)〉を意味し,一群のヒンドゥー教聖典を指す。インドの伝承では,チベーダを編纂し《マハーバーラタ》を著述したとされる伝説上の聖仙ビヤーサの作とされ,〈第5のベーダ〉とも呼ばれる。起源は古く,バラモン教時代に伝えられた神々,聖仙,太古の諸王に関する神話,伝説,説話に発すると考えられ,これらは,ベーダの伝承者とは別に存在したとされる職業的語り手の集団によって伝承された。こうした集団は叙事詩(《マハーバーラタ》《ラーマーヤナ》)の伝承集団と近い関係にある一方,ベーダの祭式や解釈学,また法の成文化にもかかわっていた。多様な側面をもつプラーナの原型は,バラモン教からヒンドゥー教へという社会の大きな変化の中で,新たに発生した寺廟や巡礼地に集まる身分の低い僧職の人々に受け継がれた。彼らはヒンドゥー教のあらゆる要素を取り入れ,挿入,改ざんを繰り返し,4世紀から14世紀の間に現形の諸プラーナを定着させた。
諸プラーナのうち代表的プラーナとして以下の18の〈大プラーナMahāpurāṇa〉があげられる。すなわち〈ブラフマ〉〈パドマ〉〈ビシュヌ〉〈バーユ〉〈バーガバタ〉〈ナーラダ〉〈マールカンデーヤ〉〈アグニ〉〈バビシュヤ〉〈ブラフマバイバルタ〉〈リンガ〉〈バラーハ〉〈スカンダ〉〈バーマナ〉〈クールマ〉〈マツヤ〉〈ガルダ〉〈ブラフマーンダ〉である。それぞれ《ブラフマ・プラーナ》というように呼ばれる。叙事詩と同様に,主として平易なシュローカ(16音節2行の詩型)で書かれ,古典サンスクリットの文法には合わない形も多い。内容は,ヒンドゥー教諸神の神話,伝説,賛歌,祭式,また宗派神崇拝のための斎戒儀礼(ブラタ),巡礼地の縁起(マーハートミヤ),祖霊祭,神殿・神像の建立法,カースト制度,住期の義務,さらに哲学思想,医学,音楽など,ヒンドゥー教のあらゆる様相を示している。6世紀ころの辞典《アマラコーシャ》などにみられる伝承によれば,プラーナは次の五相(パンチャラクシャナpañcalakṣana)を備えているとされる。すなわち,(1)宇宙の創造,(2)宇宙の還滅再建,(3)神仙の系譜,(4)人祖マヌの治世の記述,(5)日種・月種に属する諸王朝の歴史,である。しかしこれらは,むしろ先に述べたプラーナの原型・古型の特徴を示すとされ,現存のプラーナにはこうした要素をほとんど含まないものもある。
プラーナは,正統派のバラモンからはベーダを学習する資格がない婦女やシュードラの教育を目的としたものと評されることもある。しかしこのことは,ヒンドゥー教の土俗的・民衆的側面を代表する文献としてのプラーナの性格を物語るものでもある。なお,〈大プラーナ〉のほかに〈副プラーナ〉と呼ばれる聖典群も数多く存在する。また,ジャイナ教やネパール仏教の聖典にもプラーナを名のるものがあり,様式はヒンドゥー教のそれに等しい。
執筆者:高橋 明
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ヒンドゥー教徒の伝える一群の聖典文献の総称。宗派的色彩が濃く、おおむねビシュヌ、シバ両派のいずれかに所属する。「プラーナ」の語は「いにしえの物語」を意味するが、これが特定の書物をさすようになったのは『アタルバ・ベーダ』以降とみられ、また現在のようなプラーナ文献が予想されるのはスートラ文献以降のことと推定される。いずれにせよ、きわめて長期間にわたって徐々に諸種のプラーナがつくられていったとみられる。言語、韻律その他の点で、とくに叙事詩『マハーバーラタ』とは共通性を示すが、内容的にはきわめて雑多であり、一貫性には乏しい。しかしビシュヌ神やシバ神についての神話や化身伝説、宇宙論、哲学的世界観、宗教儀礼(とくに祖霊祭)、社会制度、医学、文芸論など、種々の問題に幅広く言及しているので、プラーナ文献はヒンドゥー教の思想や文化の万般を知るうえで、資料的に大きな価値を有する。18の「大プラーナ」と同数の「副プラーナ」とがあり、前者には有名な『ビシュヌ・プラーナ』や『バーガバタ・プラーナ』が含まれている。
[矢島道彦]
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古代・中世インドの宗教文献群の総称。「古い(物語)」を意味する。4世紀頃から15世紀頃の間に多くのプラーナがつくられた。大プラーナといわれるものは18を数え,同数の副プラーナなどを含む。元来,宇宙の創造・消滅,諸王朝の系譜などが中核をなした。これに,ヒンドゥー教の神話,宗教儀礼,聖地の縁起,人々の義務,音楽,医学,建築学などさまざまな内容が付加されていった。ジャイナ教やネパール仏教の聖典,地方語のプラーナもある。
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…またプネウマpneumaももと気息,風,空気を意味したが,のちには存在の原理とされるにいたった。古代インドでは,プラーナprāṇaが息,気息または呼気を意味したが,それは同時に人間存在の構成要素の一つである風(大気)をも意味し,やがて個人我の根拠とされた。中国では気が人間の気息および生命力の根源を意味するとされたが,のちにその概念は五行説や陰陽説と結びついて宇宙構成の原理として説明されるようになった。…
…この考え方はその後,とくにインドや中国で大きな発展をみせた。インドの古代哲学(ベーダーンタ学派)では呼吸(プラーナprāṇa)にかかわる機能を呼気,吸気,等気,上気,媒気の5種に分類したが(五風説または五気説),ヨーガ学派では,呼気→呼吸の停止→吸気という3種の機能からなる呼吸法(調息,プラーナーヤーマprāṇāyāma)の実修が説かれた。これは中間における呼吸の停止期間を長くすることに意を用い,独自の坐法と並行して宇宙との合一を目指すヨーガ瞑想(めいそう)の基本とされた。…
…また近年,比較神話学の分野において,インド神話は重要な位置を占めている。インド神話は,一般にベーダの神話と,叙事詩・プラーナ聖典の神話に大別される。
【《リグ・ベーダ》の神話】
前1500年から前900年ごろに作られた,最古のベーダ文献である《リグ・ベーダ本集》には,一貫した筋の神話は見いだされないが,事実上の作者である聖仙(リシ,カビ)たちは,当時のインド・アーリヤ人が持っていたなんらかの神話を前提として詩作したと思われる。…
…ベーダ文学は時代の推移に伴い,神話的のものから神学的,哲学的,祭儀的となった。
【二大叙事詩とプラーナ】
インドの国民的二大叙事詩《マハーバーラタ》と《ラーマーヤナ》は,古代文学と中古文学の中間にあってインド文学史上重要な地位を占め,その影響は国外にまで及んでいる。《マハーバーラタ》はバラタ族に属するクルとパーンドゥの2王族間の大戦争を主題とする大史詩で,18編10万余頌の本文と付録《ハリ・バンシャHarivaṃśa》から成り,4世紀ころに現形を整えるまでに数百年を経過したものと思われ,その間に宗教,神話,伝説,哲学,道徳,制度などに関するおびただしい挿話が増補されて全編の約4/5を占めているが,それらのうち宗教哲学詩《バガバッドギーター》,美しいロマンスと数奇な運命を語る《ナラ王物語》,貞節な妻《サービトリー物語》などは最も有名である。…
…ヒンドゥー教の聖典中,今日でも最も愛唱され尊崇されている《バガバッドギーター》は前者の一部である。(2)プラーナ(〈古譚〉の意) 自ら〈第五のベーダ〉と称し,一般大衆のヒンドゥー教に関するいわば百科事典ともいえる聖典である。宗派的色彩が濃厚で,だいたいビシュヌ派か,シバ派のいずれかに属している。…
※「プラーナ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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