日本大百科全書(ニッポニカ) 「ジャン・クリストフ」の意味・わかりやすい解説
ジャン・クリストフ
じゃんくりすとふ
Jean-Christophe
フランスの作家ロマン・ロランの長編小説。シャルル・ペギーの主宰する『半月手帖(はんげつてちょう)』誌に発表(1904~12)された、10巻からなる大河小説。音楽家の血筋を引く主人公のジャン・クリストフはドイツ、ライン河畔の小都市生まれ。クリストフにはベートーベンの印象が濃いといわれる。音楽と自然への目覚め、貧困と屈辱による挫折(ざせつ)、友情と初恋の経験を通し、彼は叔父ゴットフリートに支えられ、伝統的偶像に反対し、崇高を目ざす青年に成長してゆく。祖国の偏狭な空気に窒息しかけた彼は、傷害事件を契機にパリに向かうが、自由であるはずの大都会に巣くう知識人の陳腐で卑劣な言動と衝突し、理想を貫くための闘争が続く。このくだりは一種の文明批評をなす。同一の使命感に燃えるオリビエとの出会いと2人の美しい共同生活。しかし、デモに参加したオリビエは死に、彼はその混乱中に起こした殺害事件のためスイスに逃れる。強靭(きょうじん)で健康な考えをもつアンナとの愛と別れ、山中で聞いた神の声、青春時代に知ったイタリア女性との再会。彼女の娘とオリビエの息子との結婚には、ヨーロッパ共同体への著者の夢が感じ取れる。いまや大作曲家となった彼を待つのは静かな死である。「闘い、悩み、勝つであろう」魂に捧(ささ)げられたこの作品は、思想や文体上の欠陥をもつとはいえ、19世紀末から20世紀初頭にかけて激動する世代を誠実に生き抜いた人間の精神史であり、霊的息吹に満ちた一大叙事詩である。
[中條 忍]
『『ジャン・クリストフ』(豊島与志雄訳・全8冊・岩波文庫/新庄嘉章訳・全4冊・新潮文庫)』