ソグディアナ(英語表記)Sogdiana

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ソグドともいう。中央アジアのサマルカンドなどを含むザラフシャン川流域の古代名。ソグド人が住み,土地が肥沃で物産が豊富なため,商業活動が大いに栄え,遠くはギリシア人にまでその名が伝わり,さらに中国の史書にも1世紀から粟特 (粟弋) として記されている。しかし一方で周辺諸勢力に圧迫され,政治的には外族の支配を受けることが多かった。

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世界大百科事典 第2版の解説

中央アジアのシル・ダリヤアム・ダリヤの間を流れるゼラフシャン(ザラフシャン)川を中心とする地域の古称。イラン系ソグド人の住地。古代ペルシア碑文やアベスターでスグダSugudaと呼ばれたこの地は,ギリシア人にも知られ,また中国の史書には〈粟戈〉〈粟特〉などと記された。古来オアシス灌漑農耕による米麦などの穀物をはじめブドウなどの果物まで,豊かな農産物で有名であり,これを背景としたサマルカンドやブハラなどいくつかの都市が繁栄して東西の交通・貿易の中心となり,とくにサマルカンドは製紙法の伝播の歴史において,重要な位置をしめた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アムダリヤとシルダリヤ両川上流の中間を東西に流れるゼラフシャン川流域を中心とする古名。イスラム史家は「川の彼岸の地」という意味でマーワラー・アンナフルとよび、中国では粟特(ぞくとく)などと称した。大部分がウズベキスタン共和国に、東方の一部がタジキスタン共和国に属する。古くから農業が盛んで、サマルカンド、ブハラなどの都市国家が建てられた。アケメネス朝ペルシア、アレクサンドロス大王の領土の一部となり、バクトリア、大月氏、クシャン朝、ササン朝ペルシア、エフタル、西突厥(とっけつ)の支配を受けて、8世紀にアラブ人に征服されイスラム化した。チンギス・ハンに攻略されて(1220)荒廃したが、ティームールが興ってサマルカンドを首都とした(1370)ため復興した。そののちウズベク人の支配、ロシア軍の占領(1868)、ソ連時代を経て今日に至っている。

[護 雅夫]

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精選版 日本国語大辞典の解説

(Sogdiana) 古代ペルシア帝国の州。中央アジアのアムダリア、シムダリア両川の上流の間を東西に流れるザラフシャン川の流域にあたる。現在、大部分はウズベキスタン共和国、一部はタジキスタン共和国に属する。古くからサマルカンド、ブハラなどの都市国家が建設された西トルキスタンの中心で、古来、東西交易路の要地。ソグド。粟特(ぞくとく)

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旺文社世界史事典 三訂版の解説

中央アジアのサマルカンドを中心とするザラフシャン川流域の古称
シル川とアム川の間を流れる同川流域は古くから諸民族の争奪の地で,中国では漢代から粟特 (ソグド) の名で知られた。多くのオアシス都市が発展し,イラン系原住民のソグド人は東西貿易に従事,東西交渉に重要な役割を果たした。中国では南北朝以後,人 (こじん) と呼んだ。

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世界大百科事典内のソグディアナの言及

【ゼラフシャン[川]】より

…流域平野は麦,トウモロコシ,綿花などの農地がひらけ,畜産もさかんである。ゼラフシャンは〈黄金を分配する者〉の意といわれ,ソグディアナと呼ばれたこの流域に古代から多くのオアシス都市を育ててきた。古代のサマルカンドでは,ゼラフシャン川の水を陶管,鉛管をつないだサイフォンにより,アフラシアブ台地上の都市に給水したという。…

※「ソグディアナ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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