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チベリウス Tiberius; Tiberius Claudius Nero Caesar Augustus

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

チベリウス
Tiberius; Tiberius Claudius Nero Caesar Augustus

[生]前42.11.16. ローマ
[没]後37.3.16. カプリ島
ローマ皇帝 (在位 14~37) 。父はチベリウス・クラウデウス・ネロ,母はリウィア・ドルシラ。オクタウィアヌス (アウグスツス ) がリウィアを見そめて妻としたため,彼の下で訓練を受け取立てられる。パルティア,アルメニアを平定。さらにゲルマニア,ガリアを支配し,その地位を高めたが前6年ロードス島に引退した。政略結婚させられた妻のユリア (アウグスツスの娘) の乱業と政争を嫌ったためといわれる。しかしユリアと前夫 M.アグリッパの間に生れた2子が続いて死んだため,4年アウグスツスの養子として政治に復帰,甥のゲルマニクスを養子とさせられた。アウグスツスの死後帝位を継ぎ母リウィアが後見となった。一時政治を近衛長官 L.セヤヌスにまかせたが,彼が専権をふるい帝位をうかがったためこれを倒し,以後は猜疑心にかられ次々と粛清を行なった。政治面では消極的ではあったが辺境を安定させ,属州支配の合理化を行い,役人の収奪を罰するなどして,ローマ帝国支配の基礎を固めた。節倹をすすめ,見せ物を嫌い,食糧供給,治水,治安に努め,みずからの神格化を拒否するなどすぐれた政治を行なった。 19世紀のドイツのローマ史家 C.モムゼンは彼が最もすぐれた皇帝であったと述べている。しかし当時の元老院,民衆には不人気であった。

チベリウス
Tiberius, Julius Caesar Gemellus

[生]19
[没]38?
ローマ皇帝チベリウスの子 J.ドルススの双生児の子の一人。ガイウス・カエサル (カリグラ) とともにチベリウス帝からその遺産相続人とされた。のち元老院はこの決定を無効としたが,ガイウス・カエサル帝はチベリウスを養子とし栄誉を与えた。しかしその直後にチベリウスは処刑された。

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