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ツタンカーメン ツタンカーメン Tutankhamen

翻訳|Tutankhamen

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デジタル大辞泉の解説

ツタンカーメン(Tutankhamen)

エジプト第18王朝第12代の少年王。在位、前1361~前1352ごろ。イクナートンの後継者。アモン神崇拝に改宗し、アーメンと改名、都をアマルナからテーベに戻した。1922年、「王家の谷」から、王のミイラと豪華な副葬品が発掘された。ツタンクアーメン

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百科事典マイペディアの解説

ツタンカーメン

古代エジプト第18王朝第12代の王(在位前1347年ころ―前1338年ころ)。トゥトアンクアメ(モ)ンとも。イクナートンアメンヘテプ4世)の娘婿,後継者。父王の死後アメン信仰を復活。
→関連項目アマルナ時代エマイユカイロ博物館カーター石棺

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デジタル大辞泉プラスの解説

ツタンカーメン

山岸凉子による漫画作品。ツタンカーメンの墓を発掘したイギリス考古学カーター主人公にした考古学ロマン。『LaLa』1994年7月号~1995年7月号、『コミックトム』1996年5月号~1997年4月号に連載。潮出版社希望コミックス全4巻。

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世界大百科事典 第2版の解説

ツタンカーメン【Tutankhamen】

古代エジプト第18王朝第12代目の王。在位,前1347ころ‐前1338年ころ。トゥトアンクアメ(モ)ンとも表記され,信仰復興王と呼ばれる。誕生名はツタンカーテン(トゥトアンクアテン)で,おそらく王族の出身だが,両親の名は不明である。宗教改革イクナートンの三女アンケスエンパアテンとの結婚により王位継承権を得た。9歳のころ即位し,はじめアテン信仰を奉じたが,治世第4年ごろ〈宗教改革〉の放棄に踏み切り,信仰復興の勅令を公布して,アメン信仰以下伝統的な多神教信仰を復活させ,王都もアテンの都アケトアテン(アマルナ)からメンフィスに移すとともに,王名をツタンカーメンと改名した。

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大辞林 第三版の解説

ツタンカーメン【Tutankhamen】

古代エジプト第一八王朝の少年王(在位 前1362頃~前1352頃)。テーベの神官らの圧迫によりアトン神から旧来のアモン神崇拝に改宗、都もアマルナからテーベに戻した。1922年王家の谷から完全なミイラ姿で発掘された。ツタンクアーメン。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ツタンカーメン
ツタンカーメン

トゥトアンクアメン」のページをご覧ください。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ツタンカーメン
つたんかーめん
Tutankhamen

生没年不詳。古代エジプト第18王朝の12代目の王(在位前1363ころ~前1354ころ)。運命にもてあそばれた少年王として、またほとんど無傷の王墓を今日にまで残した例外的な王として、古代エジプトの諸王のなかでもっとも人々に親しまれている。
 イクナートンの治世中にテーベでイクナートンの血縁者(たぶん腹違いの弟)として生まれた彼は、新しい信仰の神に従う者として、ツタンカートン(トゥト・アンク・アトン=アトンの生けるしるし)と命名された。やがて首都アマルナのイクナートン王家に預けられ、王妃ネフェルティティのもとで王女たちとともに育てられた。晩年のイクナートンはテーベのアメン祭司団との和解を考え始め、弟セメンクカラを共治の王としてテーベに居住させた。しかし、イクナートンもセメンクカラも相次いで死去し、後継の王として、ツタンカートンが王女アンケセンパートン(アンク・エス・エン・パ・アトン=アトンによって生きるもの)とあわただしく結婚式をあげた。ときに王は10歳、王妃は12歳であった。たぶん治世の最初の2年間を王は養母ネフェルティティの住むアマルナに過ごした。治世3年目にネフェルティティが死去した時期をとらえて、テーベへの遷都(あるいは帰還)が行われた。同時に王と王妃はテーベの主神アメンへの信仰を示すために、それぞれの名をツタンカーメン(トゥト・アンク・アメン=アメンの生けるしるし)、アンケセナーメン(アンク・エス・エン・アメン=アメンによって生きるもの)と改めた。
 治世9年、ツタンカーメンは18歳で死去した。宮内大臣アイが、自らのために用意した墓にツタンカーメンを埋葬した。アイは未亡人アンケセナーメンと結婚して、後継王となった。アンケセナーメンは当初アイとの結婚を望まず、ヒッタイト王国の王子を王として迎える工作をしたことがある。しかしこれは成功せず、結局彼女はアイと結婚した。[酒井傳六]

王墓の発掘

それからほぼ3300年後の1922年に、イギリスの貴族カーナーボンの出資によって、テーベの王家の谷で調査したイギリスの考古学者カーターは、ツタンカーメン王墓を発見し、10年の歳月をかけて慎重に発掘、発見物をすべてカイロ博物館に収めた。埋葬から数年を経て二度続けて盗掘されたことが明らかになったが、その盗掘で失われたものは軽微であることもまた確かめられた。
 墓は階段から始まり、羨道(えんどう)を経て前室に入る。前室はライオン形寝台をはじめとする家具、調度品で満たされ、西側に副室を備え、北側で玄室につながっていた。玄室では王のミイラが八重の装置の中に収めてあった。まず入れ子になった4個の大形の黄金張り木製厨子(ずし)、ついで石棺、そのあとに三重の人形棺という装置である。人形棺のうち外側の2個は黄金張り木製であるが、いちばん内側の棺は純金製であった。その中に包帯と金、銀、宝石の装身具と護符と花に守られて王のミイラがあり、その顔には純金製のマスクがつけられていた。王の身長は168センチメートルであった。玄室の東側に宝物室があり、アヌビス(犬形の死者の神)の木彫像をはじめとする副葬品で満たされていた。王の子である胎児2体のミイラもここにあった。豊富な壁画をもつ他の王墓と違って、ツタンカーメン王墓の場合には壁画を備えているのは玄室だけである。
 カーターがカイロ博物館に収めた発掘品は1703点(同館カタログの番号による)に上り、ここに古代エジプトの宗教と芸術と生活を生き生きと伝える豊富な遺物が現代人の前に提供された。カーター手稿をもとにしたツタンカーメン研究は、1960年代からオックスフォード大学のグループによって進められ、次々と報告書が出されている。カーターは博物館に収めた発見物のほかに、かなりの数のものを出資者のためにひそかに持ち出したとする説が、1978年アメリカの学者によって出された。[酒井傳六]
『デローシュ・ノーブルクール著、佐貫健・屋形禎亮訳『トゥトアンクアモン』(1966・みすず書房) ▽H・カーター著、酒井傳六・熊田亨訳『ツタンカーメン発掘記』(1971・筑摩書房)』

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世界大百科事典内のツタンカーメンの言及

【エジプト美術】より

…線描を主とする絵で,前者は宗教的用途によるものであり,後者はなにか政治的意味のものであろう。工芸品に描かれた絵の代表作は,第18王朝後期の《ツタンカーメンの櫃(ひつ)》(カイロ博)である。義父のイクナートンが排斥した武勇伝を復興して戦争と狩猟の図を描き,細密描写ながらアジア人の顔の特徴をよく表している。…

【石棺】より

…すでにエジプトでは,前3千年紀の古王国時代以来,ピラミッドの埋葬用具として,遺体を入れた木棺を納めるのに,花コウ岩や石灰岩の方形刳抜式石棺が使われている。著名な新王国時代のツタンカーメン王(前14世紀)の例では,石棺の内部には純金のミイラ形棺と二重の黄金貼り木棺が納められ,外側はさらに四重の木槨で覆われていた。一方,ギリシア・ローマ世界では,ヘレニズム時代以降,華麗な浮彫がその表面を飾る大理石製の刳抜式石棺が盛んに製作され,各地へ運ばれた。…

※「ツタンカーメン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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