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テッサロニキ Thessaloniki

百科事典マイペディアの解説

テッサロニキ

ギリシア北部,エーゲ海のテルメ湾に臨む港市。英語ではサロニカSalonika。ギリシア有数の貿易港で,北部地方の経済・文化の中心地。大工業地帯でもあり,製油・肥料・製鋼・機械・食品加工などが行われる。
→関連項目エーゲ海

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世界大百科事典 第2版の解説

テッサロニキ【Thessaloníki】

ギリシア北部の都市。英語ではサロニカSalonika。ギリシア第2の大都市で,人口37万8000(1991)。同名県の県都,北ギリシア大臣の駐在地であり,また工業が盛んで,毎年開かれる国際見本市でも知られている。古代での呼称はギリシア語でテッサロニケThessalonikē,ラテン語でテッサロニカThessalonica。前316年,当時マケドニアを支配していたカッサンドロスKassandrosが,マケドニア東部,テルメ湾の奥のテルメThermēを中心に,周辺の町々を統合して建設し,妻の名をとって名づけたのが始まりで,海陸交通の要地として発展した。

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大辞林 第三版の解説

テッサロニキ【Thessalonikē】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

テッサロニキ
てっさろにき
Thessalonki

ギリシア北部、マケドニア地方テッサロニキ県の県都。英語名サロニカSalonika、古代ギリシア語ではテッサロニケ(日本語訳の『新約聖書』ではテサロニケ)Thessalonike。カルキディキ半島の基部、テルマイコス湾(サロニカ湾)の湾奥に位置する。人口36万3987(2001)。首都アテネに次ぐギリシア第二の大都市で、同国北部の行政、文化、経済、産業の中心地。穀物、皮革、たばこなどを輸出する港湾都市でもあり、鉄道・道路の基点ともなっている。繊維・皮製品の製造、ワイン、ビールの醸造、建築資材製作のほか、石油工業、フランス企業との提携による重金属・重化学、ドイツのジーメンス社との提携による通信機材など、工業も発達している。歴史的遺跡が多く、4世紀にローマ皇帝ガレリウスが建てた凱旋(がいせん)門、聖デメトリオス教会のバシリカ(5世紀)、聖ソフィア大寺院(8世紀)、ベネチア人またはトルコ人が建てた白塔(15世紀)などが残る。
 テッサロニキ県は面積3683平方キロメートル、人口106万2300(2001推計)。県都を中心に工業が発達する。[真下とも子]

歴史

紀元前316年ごろ、当時マケドニアを支配していたカッサンドロスが、テルメThermeなど20余の村を統合して建設し、彼の妻の名をとって市の名とした。マケドニア第一の港として発展し、前168年ローマに屈服、前146年には属州マケドニアの首府となった。アドリア海とビザンティウム(現イスタンブール)を結ぶエグナティア街道上の要地として帝政期に栄え、キリスト教の使徒パウロもここに伝道した。ビザンティン帝国時代、ユスティニアヌス帝によりコンスタンティノポリス(現イスタンブール)に次ぐ都市の地位を与えられ、繁栄の頂点に達したが、1430年にオスマン帝国領となり、1913年ギリシアに譲られた。[清永昭次]

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