ギリシア中部のパルナッソス山の南麓にあるアポロンの聖地,神託地。伝説によれば,この地は初め大地の女神ガイアの聖地で,ピュトンPythōnと呼ばれる大蛇に守られていたが,アポロンがこれを射殺して神託所を開いたといわれる。デルフォイの神託は最初はただ地方的な意義しかもたなかったが,ギリシア人の植民が盛んになった前8~前7世紀ころから非常に重要視され,その名声はギリシア人の範囲を越え,リュディアやエジプトを含むオリエント諸国にまでひろがった。その神託の方法については,この神域にあった大地の割れ目の上に青銅の鼎(かなえ)をわたし,その上に巫女(みこ)ピュティアpythiaが座って地底から立ちのぼる霊気を吸い,忘我の状態になって神の言葉を発し,かたわらの神官がそれを韻文に直して質問者に与えたと伝えられる。デルフォイは前6世紀初めの第1次神聖戦争によって付近のクリサの支配を脱してから最盛期を迎え,以後,聖地の管理,経営,防衛は,ギリシアの12部族の間に結成された隣保同盟にゆだねられた。多くのポリス,国王,為政者たちは重要な政治的決定のさいには,神意を聞くために使節を派遣し,また各ポリスはこぞってこの神域に戦勝記念碑,彫像を立て,高価な奉納品を収めるために宝庫を建設した。4年ごとに開催されるピュティア祭の競技大会は,オリュンピアのそれとともに,ギリシアで最も重要な競技大会とされ,優勝者には月桂樹の枝で編んだ冠が授けられた。だが前5世紀前半のペルシア戦争のさい,必ずしもギリシア側に好意的な態度をとらなかったことから評判をおとし,さらに第2次,第3次神聖戦争の結果フォキス人に占領されるにいたって,デルフォイの信仰はしだいに衰微に向かった。やがて前4世紀末にはマケドニアの保護を受け,前279年にはガリア人に侵略され,前168年以後ローマの支配下に入った。前86年ローマの将軍スラは軍資金調達のためこの地の財宝を略奪し,また皇帝ネロは約500個の彫像をローマに運び去ったという。その後,ローマのドミティアヌス帝,ハドリアヌス帝らの復興計画によって一時隆盛をとりもどしたが(《英雄伝》の著者プルタルコスは,この時代のデルフォイの神官である),392年,テオドシウス帝が異教崇拝の禁止令を発するにいたり,デルフォイはその歴史を閉じた。
デルフォイの本格的な発掘調査は1891年ころからフランスの考古学者によって始められ,その結果,大規模なドリス式のアポロン神殿や大小20以上の宝庫をはじめ,ディオニュソスの小神殿,評議会場,劇場,柱廊,祭壇,多数の彫像台座などの跡が明らかになった。神域の外には,走路180mの競技場,アテナ・プロナイアの神殿や円形堂,カスタリアの泉などの遺跡がある。神域に隣接するデルフォイ考古学美術館は,青銅の《御者》像や《クレオビスとビトン》の大理石像,アテナイ人やシフノス人の宝庫の装飾浮彫などの名品を収めている。
執筆者:松島 道也
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中部ギリシアのフォキス地方,海抜600mほどの山地に位置する聖域。もとは大地の女神ゲー(Ge)が祭られ,前9~前8世紀以降アポロンがこれに代わった。古代ギリシアでは,前8世紀の頃からその神託をもって有名。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
…彼は一般にもっともギリシア的な神格とされるが,もともとは小アジアもしくは北方遊牧民に起源をもつ外来の神であったと考えられている。神話では,アポロンの生地はまだ浮島だったころのデロス島とされ,誕生直後に父神ゼウスから弓と竪琴を与えられた彼は,まず白鳥に運ばれて行ったヒュペルボレオイ(極北人)のあいだで1年を過ごしたあと,世界の中心としてオンファロス(〈へそ〉の意)の異名をもつデルフォイに来ると,大地女神ガイアの神託所の番をしていた大蛇ピュトンを射殺し,新たにみずからの神託所を開いたという。このほか,その職能が多方面にわたるうえに,りりしく美しい青年と想像されたアポロンをめぐっては,おびただしい数の神話が語り伝えられており,月桂樹に変容したニンフのダフネ,医神アスクレピオスの母となったコロニスKorōnis,円盤にあたって死んだ美少年ヒュアキントスらとの恋物語や,牧神パンとの歌競べなど,よく知られた話が多い。…
…メトラには母matērの意も含まれており,胎児をはぐくむ機能を含ませている点で,子の住いとしての〈子宮〉よりも語として的確ではないだろうか。なお,アポロンの神託で名高いデルフォイは,その地形(大地の割れ目,地下に通じる穴)により名をデルフュスから得ているとして,子宮と当地の神託の性格とを関連づける説もある。 飽くことを知らぬものとして,陰府(よみ)や火などとともに不妊の子宮が挙げられるが(旧約聖書《箴言》30:16),プラトンも,長く子を得ないと,子宮は苦しんで五体をさまよい,呼吸をとめて全身を苦悩の頂点に陥れ,あらゆる病を引き起こすと述べている(《ティマイオス》)。…
…古代ギリシアで,デルフォイとその神域を冒瀆した都市に対して,隣保同盟が行った一連の戦争。第1次神聖戦争は前6世紀初め,神域の支配権を主張し巡礼者に課税したクリサKrisaの住民からデルフォイを解放するため行われた。…
…シャーマンの役割は,地域により,またシャーマンの型によって種々の差異がみられるが,卜占や予言などのほかに悪霊に憑(つ)かれた病人をなおしたり,死霊との交通による死者託宣をも行う。 古代ギリシアでは,公的生活も,私的生活も,重要な決定はすべて神託中心に営まれ,特にデルフォイのアポロンの神託は,ソクラテスの哲学的活動の源泉となり,彼自身の思索と行動に密接な関係をもっていたことで知られている。古代イスラエルの預言者たちも,神の言葉をすべて一人称の言葉で語るシャーマンであり,神の〈私〉と預言者の〈私〉とは,彼の語る言葉のなかで切り離しがたく結合している。…
…修験道には霊山信仰があり,修験者は自分が母なるものとしての山にはぐくまれる胎児であるとの認識から,へその緒に見立てた法螺貝(ほらがい)を腰に下げると説かれる。地霊の声を神託として受け取る巫女(みこ)の存在も古くから見られ,古代ギリシアのデルフォイにあったアポロンの神託所は特に有名である。中国では,皇帝が担う重要な職務の一つは地霊の神託に即した政治を行うこととされ,地霊が慈愛を示し自然の運行が穏やかなのは善政の証拠だと,《書経》にも述べられている。…
…このように自分たちの住む土地のどこかに中心を見いだしてこれを肉体の中心であるへそに対応させる考えは,古代の人々にあまねくみられた。ギリシアのパルナッソス山にあるデルフォイのアポロン神殿には臍石(オンファロス)がある。ギリシア語のオンファロスomphalosにも中心とへその両義があるが,デルフォイのオンファロスが大地の中心であると思われていた。…
※「デルフォイ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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