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トマス・アクィナス トマス・アクィナス Thomas Aquinas

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

トマス・アクィナス
トマス・アクィナス
Thomas Aquinas

[生]1225頃.ロッカセッカ
[没]1274.3.7. フォッサヌオバ
聖人。イタリアドミニコ会士,神学者,教会博士アキノのトマともいう。「天使的博士」 Doctor angelicusとあだ名された。アルベルツス・マグヌスに学び,1252年パリ大学教授となった。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

トマス・アクィナス
とますあくぃなす
Thomas Aquinas
(1225―1274)

中世のスコラ神学者。[稲垣良典]

生涯と著作

南イタリアのナポリに近い、ローマ教皇領とフリードリヒ2世領の境界に位置するロッカセッカ城で生まれ、5歳で初等教育のためベネディクト会モンテカシーノ修道院に送られる。15歳のころ、戦火の及んだモンテカシーノを避けてナポリ大学に移り、ここでアリストテレス哲学と、学問研究を通じて福音(ふくいん)宣布を目ざす托鉢(たくはつ)修道会ドミニコ会を知る。家族の猛烈な反対に抵抗してドミニコ会に入ったトマスは、パリを経てケルンに赴き、アルベルトゥス・マグヌスの下で学ぶ。寡黙で巨躯(きょく)のトマスは「シチリアの唖牛(あぎゅう)」とあだ名されたが、アルベルトゥスはその学才を認めてパリ大学教授候補者に推す。托鉢修道会排撃の嵐(あらし)が吹き荒れるパリ大学で、規定に従って『命題論集』の解説講義を終えたトマスは、1256年教授資格を得たが、紛争のため講義開始は1年遅れた。神学部教授のおもな職務は聖書講義、学問的槍(やり)試合ともいうべき討論の主宰、説教であるが、この時期の代表著作は、『有と本質について』や若干の聖書註釈(ちゅうしゃく)のほか、当時の哲学・神学の主流であったアウグスティヌス主義を、アリストテレスから学んだ真理によって補完しようと試みた定期討論集『真理について』である。
 トマスは、慣例に従って3年で教授職をオルトンのウィリアムWilliam of Alton(生没年不詳)に譲ってイタリアに帰り、約10年間教皇庁およびドミニコ会付属の学校で教授と著作に専念する。この時期に彼の思想は著しい成熟を遂げるが、その機縁となったのは、同じドミニコ会員モルベカのギレルムスの翻訳活動に助けられて、アリストテレスおよび新プラトン哲学の精密な研究を行ったこと、東方教会との合同に熱心な教皇ウルバヌス4世Urbanus (在位1261~1264)の要請で、ギリシア教父および教義史の本格的研究に取り組んだことである。この時期の主要著作には、イスラム文化と対決しつつカトリック信仰の真理を弁証した『対異教徒大全』、定期討論集『神の能力について』、普通『黄金連鎖』とよばれる四福音書連続註釈、および『神学大全』第一部などがある。
 1269年、再燃した托鉢修道会排撃運動に対処するため、トマスは再度パリ大学教授に就任するが、続く3年間彼は、フランシスコ会を中心とする神学保守派、人文学部の過激なアリストテレス主義者(アベロエス派)も含めて三方の論敵と渡り合いつつ、『神学大全』第二部、いくつかの聖書註釈と定期討論集、アリストテレスの主要著作の註釈など、人間業とは思われぬほどの多産な著作活動を行っている。その膨大な量と密度の高さを目にするとき、トマスの賛美者ならずとも、彼が同時に数人の筆記者に口述したという伝説、あるいは思索に没入しているときの放心状態にまつわる数々のユーモラスな挿話を信じたくなるであろう。
 1272年、ドミニコ会の新しい神学大学を設立するためナポリに帰ったトマスは、他の著作と並行して『神学大全』第三部を書き進めていたが、翌1273年12月6日聖ニコラウスの祝日のミサののち、突然筆を置いた。驚く同僚に対して「私に新たに啓示されたことに比べると、これまで書いたものは藁(わら)くずのようだ」と理由を述べたという。1274年初め、教皇の要請に従い、病躯(びょうく)を押してリヨン公会議に向けて旅立ったトマスは、途中で病あらたまり、故郷近くのフォッサノーバのシトー会修道院で3月7日に没した。[稲垣良典]

思想

トマス思想が同時代人に与えた圧倒的な印象はその新しさであり、それを危険視する勢力もあって、彼の学説の一部は、1277年パリとオックスフォードで行われた異端宣告の対象となった。この印象は誤りではなく、トマスは、アウグスティヌスをはじめとする教父思想、アリストテレス、新プラトン哲学、イスラム、ユダヤ思想などの遺産を豊かに継承しつつ、「トマス的総合」とよばれる独創的な思想体系を確立したのである。そこでは信仰と理性、神学と哲学の統一が追究されているが、それは、一方では学としての神学の成立であり、他方、自律的な学問としての哲学の基礎づけを意味するものでもあった。[稲垣良典]
『コプルストン著、稲垣良典訳『トマス・アクィナス』(1962・未来社)』

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