精選版 日本国語大辞典 「トリスタンとイゾルデ」の意味・読み・例文・類語
トリスタンとイゾルデ
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フランスを中心に広くヨーロッパに流布した恋愛伝説の主人公。コーンウォール王マルクの甥トリスタンTristanと,マルクに嫁ぐアイルランド王女イゾルデIsolde(フランス語でイズーIseut)は,誤って媚薬入りの酒を飲み,激しい恋に落ちる。モロアの森に追放されたあと,二人は離別を強いられるが愛は変わらず,やがて重傷を負ったトリスタンがイゾルデの到着を待ちきれず死ぬと,イゾルデもあとを追うようにして死ぬ。
制度の弾圧によっても抑止できぬ性愛,それも死によって完結する運命的情熱の物語は,例えば《デイアメイドとグレイン》のようにケルト人の伝承に起源をもつが,1170年ころ,同じく失われた原本から出発した2人の作者,ドイツのアイルハルト・フォン・オーベルゲEilhart von Oberge,フランスのベルールBéroulによって書かれた。媚薬に決定的な役割を与え,主人公が情熱を満たすためには詐術や暴力も辞さぬなど,荒削りな原型をよく伝えていると思われるこの二つの物語と,ベルン写本《トリスタン佯狂》(12世紀末?),《散文トリスタン》(1215-30?)を〈流布本(俗本)系統〉と呼ぶ。これに対し,当事者の自由意志を基本とする宮廷風騎士道物語の視角からこの伝説を取り上げ,主人公の行動よりは心理分析に熱中し,媚薬の役割を象徴的なものに変えた試みが,フランスのトマThomasによってなされる(1158-80?)。オックスフォード写本《トリスタン佯狂》(12世紀末?),ノルウェーの修道僧ロベルトの《サガ》(1226),ドイツのゴットフリート・フォン・シュトラスブルクの《トリスタン》(1205-10?)はトマの流れをくむもので,これらは〈騎士道本系統〉と呼ばれる。
この衝撃的な情熱の物語は,円卓騎士物語とからみ合ったり,数々の模倣あるいは批判の作品を生み,後世に伝わっていくが,そのなかでも最も大きな影響を及ぼしたのは,昼の常道と夜の情熱の相克を歌い上げ,この題材から象徴主義の神話をつくり出したR.ワーグナーの楽劇であった。これはこれで記念碑的作品ではあるが,12世紀の物語とは非常に異なったものであることに注意しなければならない。
執筆者:新倉 俊一
R.ワーグナー作詞・作曲による3幕の楽劇。完成は1859年8月,初演は65年6月ミュンヘンの宮廷劇場であった。中世の恋物語《トリスタンとイゾルデ》を,ワーグナーは極度に単純化し圧縮し,劇の外面的展開も簡単にして主として主人公の恋愛の内面世界を扱った。作者の意図した総合芸術としての楽劇の理想が完全に具現化された傑作で,同時代および後世に及ぼした影響は非常に大きい。音楽的には,ライトモティーフの徹底的な使用,無限旋律の使用,半音階や不協和音による構成などで特徴づけられ,《前奏曲》と《イゾルデの愛の死》は名高い。
アイルランドの王女イゾルデはマルケ(マルク)王のもとに嫁ぐことになるが,その旅の護送の任を負うトリスタンはイゾルデを愛している。二人は船中で死の薬を飲むが,それが実は愛酒であったため,すべてを忘れて愛に酔いしれる。二人はマルケ王に発見され,トリスタンは王の部下により重傷を負わされ,故郷に送られる。彼はやがて駆けつけたイゾルデの腕の中で絶命し,彼女も息絶え,二人は死によって永久に結ばれる。
執筆者:渡辺 護
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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西欧中世の物語。フランス語稿本は12世紀のトマ,ベルウルに始まり,13世紀にゴットフリート・フォン・シュトラスブルクにより中高ドイツ語に移された。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
…彼が騎士でなかったのは確かなようであるが,身分についてはシュトラスブルクの官吏,学校の教師,学者,聖職者などさまざまな推測が行われている。彼の作とされる抒情詩もあるが,本領は叙事詩であり,未完の《トリスタンとイゾルデTristan und Isolde》(1210ころ)は中世ドイツ文学の代表作である。未完の理由は彼の死とも,詩作上の行詰りとも言われる。…
…彼が騎士でなかったのは確かなようであるが,身分についてはシュトラスブルクの官吏,学校の教師,学者,聖職者などさまざまな推測が行われている。彼の作とされる抒情詩もあるが,本領は叙事詩であり,未完の《トリスタンとイゾルデTristan und Isolde》(1210ころ)は中世ドイツ文学の代表作である。未完の理由は彼の死とも,詩作上の行詰りとも言われる。…
…18世紀には近代和声法が確立されて和声語彙も飛躍的に増えるとともに,あらゆる非和声音の用法も定着した。19世紀に入ると,半音階的和声法の発展に伴って,ワーグナーの《トリスタンとイゾルデ》に代表されるような解決されない掛留や倚音の用法が盛んになるに及んで,和声音と非和声音の境界があいまいになる傾向も出てきた。これは非和声音が本来の和声音の機能を担い,それに取って代わり始めたためである。…
…ラムルーとその演奏協会が好んで取り上げたのは,同時代者ラロ,ダンディ,シャブリエ,ショーソンらの作品であり,とりわけR.ワーグナーの音楽だった。たとえば《ローエングリン》は1887年,《トリスタンとイゾルデ》は99年,彼らによってパリ初演が行われた。ロマン・ロランは,ラムルーの指揮が〈作品の統一についてのセンスと同時に,……細部への細かい心遣いをもっていた〉ことを称えている。…
…これを知ってドレスデンを逃れ,チューリヒへ行き,ここに滞在した。当地における庇護者ウェーゼンドンクの妻マチルデとの遂げえざる恋愛は,《ウェーゼンドンク歌曲集》(1858),さらに楽劇《トリスタンとイゾルデ》(1859)に結晶した。この作にはそのころ熟読したショーペンハウアーの厭世的な意志と否定の哲学の影響もみられる。…
※「トリスタンとイゾルデ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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