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トリンコマリー Trincomalee

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

トリンコマリー
Trincomalee

スリランカ北東部の港湾都市。トリンコマリー県の県都。ベンガル湾支湾のトリンコマリー湾北岸に位置。かつてタミル人の入植地であったが 17世紀ポルトガル人が占領,1622年タミル人の大寺院を破壊してその石材でフレデリック要塞を築いた。世界有数の良港で,争奪の対象となり,その後オランダフランス,次いで 1795年イギリスが占領,海上交易の要衝となった。第2次世界大戦中,シンガポール陥落後のイギリス東洋艦隊最大の基地となり,日本軍が空爆。 1957年スリランカに返還。現在は主要貿易港としての地位はコロンボに譲った。南方のマハウェリ川流域は重要な米作地帯。北方の海岸地帯でチタンが採掘される。人口5万 (1990推計) 。

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デジタル大辞泉の解説

トリンコマリー(Trincomalee)

スリランカ北東部の都市。東部州の州都。古くから天然の良港をもち、ポルトガル、オランダ、フランスなどに占領され、18世紀末より英国が支配し、英海軍基地が置かれた。また第二次大戦中には日本軍が空襲を行った。同国におけるタミル文化の中心地であり、ヒンズー教の聖地コネスバラム寺院がある。周辺には美しい砂浜が広がり、海岸保養地としても知られる。

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百科事典マイペディアの解説

トリンコマリー

スリランカ北東部,ベンガル湾側の港湾都市。天然の良港。米,ココナッツ木材タバコを輸出。タミル人が多い。1622年ポルトガルが領有。その後オランダ,フランスなどとの抗争後,1795年英領。

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世界大百科事典 第2版の解説

トリンコマリー【Trincomalee】

スリランカ北東部の港湾都市。人口4万6000(1982)。天然の良港であるため,16世紀からポルトガル,オランダ,フランスおよびイギリスが海軍の根拠地化を進めてきた。第2次世界大戦中には,日本の海軍による攻撃も行われた。現在はスリランカ海軍の基地となっている。北部の海浜で採掘される砂はチタン鉱物を含み,日本に輸出されている。1980年に,全国民の消費量を生産できる巨大な製粉工場が建設された。近郊自由貿易地域に指定して,輸出指向型の工業化を推進する政策が立案されたが,民族対立などの理由から実施が見送られている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

トリンコマリー
とりんこまりー
Trincomalee

スリランカ北東部の港湾都市。セイロン島東海岸の中央部よりやや北、コッディヤル湾北側の岬に位置する。人口2万1170(2001)。10~2月に雨が多く北東季節風が吹く。漁業が盛んでとくに南西季節風が卓越する5~9月には西海岸のネゴンボから、この付近に沿岸漁業者が移住。干物などの海産加工品が特産である。市の南南西には米作地帯が広がる。内陸を横断する鉄道、国道によって西海岸のコロンボと結ばれている。古くはタミル人の支配した土地で、現在もセイロン・タミル人が多い。17世紀中ごろ以降、ポルトガル、オランダ、フランスが占領し、1795年にはイギリスが支配し、以後イギリス海軍の基地が置かれた。[吉野正敏]

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